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第12.5話 夢ふたたび【訓志】

「なぁ、訓志。こないだ音楽プレイヤー作っただろ? せっかくだから、それで演奏する曲も自作してみたらどうかな? 最近はパソコンのシンセサイザーソフトで、色々な楽器の音を作れるんだぜ」 「……僕、作曲なんて、したことないよ」 「じゃあ、これからやってみればいいじゃん。あと、楽譜そのものもタダで手に入るみたいだぜ。著作権が切れた古い曲が多いけど。最初はそういうの見ながら打ち込んで、ソフトの使い方を覚えれば良いんじゃないか?」  勇樹の気遣いは、ひしひしと伝わってきた。しかし、長い時間を掛けて摺り減らされた訓志の自尊心は、素直に善意の提案を聞き入れられなかった。 (音楽を作って、何になるんだよ。発表する場もないし、そもそも僕の曲なんて、どうせ誰も聴きやしないのに)  拗ねた訓志の心の内を読み取ったかのように、勇樹は言葉を重ねる。 「まずは、自分が聴きたいと思う曲を作るのはどうかな。例えば、自分が料理作る時こういう曲を聴きたいなぁ、お風呂だったらこんな曲、とかさ。だけど、きっとそのうち、自信作も出てくると思うんだ。『誰かに聴いて欲しい』って思ったら、動画サイトとかにアップロードしてみたら? 訓志のほうが詳しいと思うけど、メジャーデビューしてないだけの人気ミュージシャンも、いっぱいいるんだぜ、最近は」  なおもためらい、俯く訓志に、勇樹は優しく語り掛ける。 「真剣にプロになろうとしてた訓志に、『自分が楽しむつもりで、趣味でやってみろ』って言うのが失礼なのは、分かってる。 ……でも、好きだったんだろ? 今の訓志が感じることを、素直に形にしてみたらどうかな」 「……うん。ありがと、勇樹」 「あと、これは俺の希望なんだけど。よかったら、訓志の歌声も聴かせて欲しいな。あんなに歌がうまいなんて知らなかった」  訓志の才能を伸ばし、発揮する機会を作れないかと、勇樹は真剣に考えてくれている。訓志の胸は一杯で、言葉にならない。せめて目線で感謝を伝えようと顔を上げると、優しく目を(すが)める勇樹と目が合った。彼は、訓志の肩を何度か軽く叩いた。  訓志の歩みは、ゆっくりと始まった。 シンセサイザーを使った経験がなかったので、まず、何ができるか把握するのに時間が掛かった。元々楽譜は読めたから、勇樹に教わったフリーの楽譜を手に入れ、自分なりに打ち込んでみた。楽器を変えたり、音を重ねたり、アレンジを始めた頃から面白くなり始めた。  歌も吹き込もうと思ったが、なにせ真剣に歌うのは数年ぶりだ。思うように声が出ない。録音してみた自分の声に納得いかず、気付けば、ボイストレーニングの方法をインターネットで検索し、記憶を頼りに発声練習を始めていた。他の素人ミュージシャンが歌っている曲も気になり、動画配信サイトを見て回った。プロと遜色ないレベルから、趣味のカラオケのお披露目レベルまで、様々な人が自分の歌声を公開していることが分かった。 最初からオリジナルではなく、まずは知名度の高い曲をカバーして、自分の歌を聴いてもらうところからスタートしよう。 訓志は、あっという間に真剣になっていた。 「ねえ、勇樹。ちょっと良い?」  遠慮がちに声を掛けると、ソファで雑誌を読んでいた勇樹は、軽く驚いた表情を浮かべた後、笑顔を返す。 「もちろん」  もじもじとスマホを差し出した。画面に映っているのは、有名動画配信サイトだ。勇樹は、目で訓志に問い掛けている。 「このSHOTAって、僕のアカウントなんだ。とりあえず最初は、みんなが知ってる曲を歌ってみようかと思って。一曲アップロードしてみた」 「聴いても良い?」  訓志がコクリと頷くと、勇樹は、そっと再生ボタンをクリックした。 「……どうだった?」  曲が終わり、恐る恐る尋ねると、勇樹はポケットから自分のスマホを取り出し、SHOTAのページで「フォローする」ボタンをクリックした。 「すごく良かったよ。俺がSHOTAのファン第一号だな」  勇樹は、両の掌を広げて訓志に向けている。訓志は照れたように笑いながら、自分の両手をぱちんと勇樹と合わせ、ハイタッチした。その日、夕飯の支度中、勇樹が慌ててキッチンに駆け込んできた。 「おい、訓志! あの曲に、もうコメントが付いてる!」  訓志は、どぎまぎしながらコメントを読む。 『この曲、大好きです。SHOTAさんの声もすごくイイ! まだ一曲しか配信してないんですか? もっと他の曲も歌って欲しいです』  頬を赤らめる訓志の肩を抱き、嬉しそうに勇樹は何度も揺すぶった。 「すごいじゃん! もうリクエストが来てるなんて」  最初はカバー曲で行こうと決めていた。それでも色々と考えるべきことがあり、一曲ごとに試行錯誤は続いた。 「そう言えば、配信サイト、もう何曲も載せてるし、再生数もフォロワー数もだいぶ増えたね。どう? 訓志の感覚と言うか、手応えとしては」  初めて歌を配信してから数週間後に勇樹から尋ねられ、訓志は軽く眉間に皺を寄せながら答えた。 「けっこう難しい。いきなりオリジナル載せてもと思って、カバーから始めたんだけど。練習生時代は受け身だったからさ。何を歌うかは先生が決めて、事細かに演出も付けてくれてたんだ。でも今は、選曲から始まって、曲の解釈とかアレンジとか、自分で全部やらなきゃいけないでしょ? しかも、あの頃は、アイドルって枠組みで、同じユニットのメンバーの中で、どうキャラを立てるか考えてたけど。シンガーソングライターって幅が広いからさ。差異化(さいか)しないとね。良い歌を歌うことは当然なんだけど、すごく頭を使う。僕なんか、まだまだだよ」  溜め息をつく訓志を、勇樹は楽しげに見ている。無意識のうちに、勇樹の書斎にあったマーケティングの本で覚えた単語を口走っていることにも気付かないほど、真剣だった。  訓志はカバー曲を配信しながら、並行して自作曲も作っていた。英語の歌詞や発音は、勇樹にチェックを頼んだ。彼は二つ返事で、快く丁寧に見てくれた。  訓志の動画配信サイトでの音楽活動は、限定的ではあるが「顔出し」するようになった時をターニングポイントに飛躍した。当初は全く素性を明かしていなかったが、次第にリスナーや他の配信シンガーから「歌う姿も見たい」と言われるようになった。歌手・SHOTAのファンが付いた証拠でもあった。身バレしたくない訓志は、本名をローマ字にして並べ替えた芸名を名乗っていたほどだから、動画でも帽子を目深(まぶか)にかぶり伊達(だて)眼鏡をかけて撮影していた。それでも、特に女性ファンは色めき立った。アイドル練習生に選抜されるほどのルックスは、帽子や眼鏡では隠しきれなかったようだ。 「SHOTAさん、カッコいい! もっと顔を見せて欲しい!」 更なる顔出しを求めるファンの声には、 「これ以上はごめんなさい」 そう丁寧にお断りしていた。 「訓志は普段から格好良いけど、歌ってる姿を見ると、ああ、アーティストなんだなって感じがするよ。 ……でも、今夜は俺だけのために歌ってよ」 勇樹は、甘えるように訓志の肩に頭を載せる。 「じゃあ、子守唄を歌ってあげる」  ベッドで彼の髪を優しく撫でながら、囁きかけるように歌うと、彼は満足げに目を細め、訓志に抱き付いたまま、うとうとし始めた。

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