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【番外編・後日談】はじめてのバレンタイン

「ただいま、訓志」  台所で夕飯の支度をしていた訓志の腰に手を回し、俺は優しく彼の頬にキスした。 「お帰り、勇樹」  彼はコンロの火を止めて振り返る。彼が渡米して三か月。すっかり新婚気分を満喫中だ。毎晩ただいま・お帰りのキスをしてくれる訓志は、俺の最愛の人。 ……のはずだが。  この日に限って、彼はキスしようとした俺を、さり気なくかわした。 (えっ、何で?)  軽くショックだが、俺は気を取り直し、背中に隠していた花束を差し出した。 「Happy Valentine」  訓志は驚いた表情を浮かべている。 「えっ……?」 「アメリカでは、この日は、夫が赤い薔薇を贈る習わしなんだよ」  アメリカまで着いて来てくれた彼に、俺は感謝している。彼にプロポーズした日に贈ったのも赤い薔薇。 「勇樹、ありがと。そういう習慣があるなんて知らなかった」  東京駅でのプロポーズを思い出したのか、訓志も嬉しそうに頬を紅潮させている。 「俺たちにとって初めてのバレンタインだからね。サプライズしたかったんだ」  彼の首筋に鼻先を埋める。カレーと訓志の匂い。紆余曲折、危機もあったが、こうして俺が手に入れた幸せだ。 「……ふふ。相変わらずキザだね。カレーよそうから、手を洗っておいでよ」  優しい笑顔に気を良くし、俺は素直に彼から身体を離した。単純すぎるかなぁ。 「いただきまーす」  2人で手を合わせて、カレーを口に運ぶ。 「……あれ、これ」  いつもと一味違うカレーの味に、俺はスプーンを止めた。 「勇樹、甘いもの好きじゃないでしょ? だから勇樹の好物のカレーの隠し味にチョコ入れてみたよ。これが僕からのバレンタイン」  訓志は悪戯っぽい笑顔を浮かべている。 「……それで、さっき、キスかわしたの?」  俺は軽く拗ねてみせたが、内心、可愛い心遣いに改めてキュンとしていた。隠し味の秘密を、食卓までとっておこうとしていたなんて。 「「愛してる」」  食卓越しに、今度こそ俺は訓志に口付けた。

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