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【番外編・後日談】義姉からの結婚祝い

麻里(まり)に紹介したい人がいるんだ」  旧友の勇樹(ゆうき)から、そんな連絡が来た。  彼とは数日前、久しぶりに会って飲んだ。私と共通の友人と長く付き合っていた勇樹だが、恋人の浮気性に悩まされ、何度もくっ付いたり別れたりを繰り返していた。そして最後は「他の女性と結婚する」とアッサリ袖にされたのだ。一途な男だけに、深く傷ついたと思う。  友人として心配していたが、数日前に会った勇樹は、失恋の痛手から立ち直っていたどころか、既に新しい恋人の気配を濃厚に感じさせていた。元々穏やかな性質だったけれど、守り守られている人独特の、自信や安定感が漂っていた。  新しい恋人は料理上手だと惚気(のろけ)るだけあって、普段から栄養のバランスの良いものを食べさせてもらっているのだろう。肌や髪の色艶が良い。年下の恋人の影響か、心なしか服装のセンスも若くなった気がする。  本人は「何度かデートはしたけど、まだ正式な恋人ではない」等と言い訳していたけれど、勇樹を見る限り、今度の恋人は「当たり」だ。私は、今の恋人をしっかり捕まえるようにと強く勧めた。 ……まさか、あれから数日で、何かあったのかしら?  待ち合わせた東京駅近くのバーに着いたら、勇樹は、若い男の子と並んで掛けていた。彼は勇樹を覗き込んでいるので、顔は見えない。アッシュベージュと言うのだろうか、普通のサラリーマンはまずしないであろう、明るめの髪色に染めている。身長は勇樹と同じくらいの長身だ。百八十センチはあるだろう。入口を向いて座っていた勇樹が私に気付き、軽く右手を挙げた。私も軽く手を挙げて応えると、隣にいた彼も、私を見た。大きな二重の目に、少し上向き気味の小さな鼻、ふっくらした唇と、可愛らしい顔立ちだ。卵形で色白な顔に、きれいにパーツが並んでいて、十人並み以上の美形。……いや、むしろ芸能人かモデルみたいだ。 (そういえば勇樹の元カレも、憎たらしいけどルックスだけは良かったわね。勇樹って、面食いなのね)  一貫してブレない勇樹の男の趣味に少し感心しながら、私は彼らのテーブルに歩み寄った。   「麻里。こないだ会ったばかりなのに、呼び出してごめん」  いつも通りの微笑みを浮かべた彼に、私は、いつもより少し上品な笑顔で応えた。 「ううん、良いのよ。そんなこと気にしないで」  チラリと目線を勇樹の隣の彼に向けると、ゆったりと彼は頭を下げてお辞儀をした。 「えーと。こちらは、木下(きのした) 訓志(さとし)。俺の恋人で、今度結婚することになった」  勇樹は少し照れながら言った。 「まあ! それは、おめでとう! 想像以上に可愛いイケメン君で、びっくりしたわ。Congratulations!」  私が手放しにお祝いを述べると、二人は嬉しそうに顔を見合わせた。 「それはそうと、お二人、旅行にでも行くような荷物ね。お出かけ? まさか、これからハネムーンってことはないわよね?」  私が聞くと、勇樹が、ふわっと優しく微笑んだ。 「訓志のお母さんに、結婚の報告に行くんだ。……実は俺、カリフォルニアのベイエリアに転勤決まってさ。来月末には、向こうに引っ越すんだ。訓志にも一緒に来てもらうから、そのことも合わせてね」 「それはそれは! 二重におめでとう。ご栄転が良いキッカケになったのかしら? じゃあ、これから手続きとか引っ越しとか、大忙しね! ……細かい話で申し訳ないけど、訓志君のビザはどうするの? 駐在員配偶者ビザ?」 「俺、アメリカ国籍持ってるんだ。父のアメリカ留学中に生まれたから。まだ日米二重国籍のままだから、訓志には、まずアメリカ市民の婚約者ビザを取ってもらって、渡米して向こうで結婚して、永住権に切り替えるつもり」  話している合間に二人は何度も甘い目線を交わし、頷き合っていた。 ……何よ、正式に付き合ってないとか言ってたけど、ラブラブじゃないの。全く勇樹ったら、こんな可愛い子捕まえて、隅におけないわね。  訓志君て、ルックスや髪色はちょっと派手だけど、美容師さんとかなのかしら? 性格は素直そうだから、この子となら幸せになれるかも。  そんな風に、目の前で甘ったるい空気を醸し出すカップルを暢気に眺めていたら、急に勇樹が私を見た。 「……俺、頼りになる近しい身内がいないから。もし俺に万一何かあったら、その時は麻里、訓志のことを宜しく頼む。お前しかいないんだ。訓志のことを頼めるのは」  勇樹の目は真剣だった。その隣で、訓志君は、切なげに勇樹の顔を見つめた後、 (うちの人が無理を言って、すみません) とでも言いたげな、少し申し訳なさそうな表情を浮かべて、私に頭を下げた。 「……勇樹に万一のことが起こらないことを、心から願ってる。だけど、もし、そんなことが起こった時は、訓志君のことは義理の弟だと思って私がお世話するから、安心してちょうだい」  私は、神妙そうにしている二人に、力強く請け負って見せた。  ホッとして頬を緩めた勇樹と、そんな勇樹を嬉しそうに見ている訓志君に、私はニヤリと笑った。 「勇樹から『彼を頼む』なんて言われる日が来て、感激よ。ホント、いつになったら身を固めて落ち着くのかって心配してたんだから。あ~勇樹が良い人を掴まえてくれて良かったぁ」  ついさっき届いたビールをぐびっと一口飲んで、私は唸った。 「良い話を聞いた後のビールは沁みるわぁ~」  勇樹は、軽く唇を尖らせた。 「何だよ。お前には、訓志のことまだ殆ど何も話してないじゃん。『良い人を掴まえた』なんて分かるのかよ」  私はウインクしながらチッチッと舌を鳴らし、顔の前で人差し指を振った。 「甘いわね、勇樹。あんた自分が思ってるより、分かりやすい男よ? 訓志君が若くて料理上手なんて、聞く前から分かってたわ。だって、服装が目に見えて若返ってる。それに肌や髪の色艶が良いわ。あんたが料理しないことは、大学時代から知ってるからね。訓志君の手料理食べさせてもらってるんでしょ?  何より、その幸せそうな表情よ! 訓志君が良い人だから、幸せにしてもらってるってことじゃないの」  図星を指されて気まずかったのか、勇樹は頬を軽く赤らめ、バツの悪そうな表情を浮かべた。 「麻里さん、少しつまみません? 適当に見繕って来ます。何か食べたいものあります?」  訓志君は、勇樹の気まずそうな様子に気付いてない振りをして席を立った。 「あ、こいつは、とにかくビールとフライドポテトだから」  勇樹は誤魔化すかのように、話を逸らした。訓志君はにっこり頷いて、キャッシュオンデリバリーのカウンターに向かった。 「茶化しちゃってごめんね? でも勇樹が幸せそうに見えるのは事実よ?」  私がフォローすると勇樹は苦笑いした。 「麻里には何でもお見通しだからな。いつものことだから、気にしてないさ。それより、訓志と会ってみて、どう思った?」 「あんたが面食いだってことは知ってたけど、その軸がブレていないのに感心した。 ……ていうか、彼、モデルさん? それとも美容師さん? ルックスが一般人じゃないわよね?!」  私が目を丸くして、若いイケメンを話題にして鼻息を荒くしたので、勇樹は目を細めておかしそうに笑った。 「芸能人でもモデルでもないよ、一般人だ。昔は、目指してたらしいけどね」  カウンターの前に立つ訓志君の後ろ姿を、勇樹は優しい眼差しで見守っている。彼の目線に気付いたのだろうか。訓志君が、その瞬間、くるっと振り返って微笑んだ。 ……ちょ! 盛り上がってる最中の恋人同士、しかもイケメン同士のラブラブの威力すごっ!  美形の二人が愛おしげに微笑み合う迫力に、私は一瞬にやついた(実は私は隠れ腐女子なのである)。しかし、訓志君がおつまみを持って席に戻って来たので、表情を引き締めた。 「ビールのお替りも貰ってきました。そろそろ無くなるかと思って。勇樹はジントニックで良いよね?」  早速、彼が良妻っぷりを発揮した瞬間、勇樹のスマホが震え出した。 「訓志、ありがとう。麻里、ちょっとごめん。仕事の電話だ」  勇樹はスマートに私達に気を遣い、颯爽とスマホを片手に店の外へ出て行った。 「麻里さん、今日は急なお願いだったのに、わざわざありがとうございました。しかも、変なお願いまで」  眉を下げて少し申し訳なさそうな表情を浮かべ、訓志君は、勇樹のジントニックにライムを絞っていた。 「ううん。それは良いのよ。勇樹は、旧い大事な友達だから。……ところで、私まだ、あなた達お二人の馴れ初めを伺ってないんだけど。聞いても良いかしら?」  訓志君は、一瞬、固まった。言葉を失っているのは、言いづらいのだろうか。ゲイ同士の出会いの場が少ないのは、以前、勇樹から冗談半分に嘆かれたことがあって知っていた。 「いや、あの、単なる興味本位だから、言いづらければ……」  立ち入り過ぎた無礼を言い訳しかけると、訓志君は、遮るように言った。 「僕、出張ホストだったんです。勇樹が元カレさんと別れて苦しんでる時、彼、僕のお客さんだったんです」  彼は涼やかな笑みを浮かべていた。 「……そうだったの。あなたみたいな素敵な人に会えて、勇樹、すぐに夢中になったんでしょ?」  私が微笑み返すと、訓志君は、もう一度目をみはった。 「……驚いたり、軽蔑したり、しないんですか」 「言ったでしょ? 私、勇樹との付き合い長いのよ? 勇樹みたいに会社勤めしてる真面目なゲイが長期的に付き合える交際相手を探すのがいかに難しいか。彼、力説してたもの。そういう風に出会ったって聞いて、むしろ納得したわ。  出会い方がどうであろうと、今、勇樹が幸せそうに見えるから、私は安心してる。 ……訓志君、勇樹のこと、お願いね」  私はグラスを掲げて、訓志君と二人で乾杯した。と言っても、彼はあんまりお酒が飲めないそうで、コーラだったけれど。  勇樹の電話は、どうやら仕事のトラブルで、かなり長時間続いた。しかし、私と訓志君は、『勇樹を大事に思う者同士』として、すぐに互いに打ち解けた。勇樹の話題なら、一晩中でも話せるぐらいネタはある。彼は、留学中の勇樹がどんなだったかを知りたがった。  さんざん盛り上がった頃、訓志君は、少し声を潜めて、私に神妙に質問を投げかけた。  私は、シレっと、彼に一つ逆質問を投げかけた。  彼は、妖艶な微笑を浮かべて、私の耳元に短く答えを返した。  ニヤリと悪事を企んでいるかのような表情で、彼と私は一瞬見つめ合った。  私は、彼の質問に答えた。  全く勇樹ったら手が掛かるんだから。私より数か月年上のはずだけど、なんか弟みたいで憎めないのよね。とにかく、私が義姉として活躍する機会がないよう、二人には末永く幸せにいてもらわなきゃ。  それにしても。パッと見は芸能人みたいなルックス、でも控え目な新妻の風情で、最初から好印象だったけど、一皮剝いたら訓志君の魔性はすごかった。あれじゃあ勇樹も、ひとたまりもないわね。可愛いネコちゃんかと思ったら……。  イケメン同士の年の差カップルで、しかも今後はリバ有り? いや~、腐女子の妄想のオカズには美味しすぎるわね……。むふふ……。 *** 「訓志、ごめんな。長時間ほったらかしになっちゃって。でも、麻里って、無遠慮なところはあるけど、悪いやつじゃなかったろ?」 「うん。すごく良い人だね。あったかくて、ホントに勇樹のお姉ちゃんみたいだった。それに、学生時代の勇樹の話も、色々教えてくれたよ」 「へえ。どんな?……ちょっと不安になって来たな。あいつ、俺の色んな失敗談知ってるからなぁ」  勇樹は軽く顔をしかめた。 「勇樹って、アメリカ時代、元カレ以外の人とは、ネコちゃんだったんだってね? 僕、勇樹にはずっとネコだけど、ホストでは、この身長になってから、ずっとタチだったんだよ?」  訓志は怪しく目を光らせ、指先でツーッと勇樹の胸の真ん中からお臍へと、柔く撫で下ろした。 「……へえ。そうなんだ。それは知らなかったなー」  勇樹は目を泳がせた。 「勇樹。久しぶりにネコの快感を味合わせてあげようか? あ、心配しなくて大丈夫だよ。僕、けっこう自信あるから。ロストバージンのお客さんも、何人もイカせてあげたし」 「……まぁ、訓志のテクは、うん、きっとすごいんだろうなー(棒)」 「たまには僕にさせて?」  訓志は、勇樹の背後から抱き付き、首筋にチュッチュッと音を立ててキスを落とした。 「えっ、えっ?! ホントにするの? 無理無理……。俺、十年近くそっちはしてないからさぁ……。勘弁してくれよ……」  勇樹は胸を隠すように両腕をクロスさせたが、訓志はやんわりと彼の腕を解き、熱を込めて優しくキスと愛撫を続けている。 「昔してたんなら、すぐ思い出すよ……。それとも、もしかしてその頃、あんまり良い思い出ないの……? だったら尚のこと、僕が気持ち良くしてあげるよ……」              おしまい?

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