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【番外編・後日談】プロポーズの夜に
東京駅でのドラマチックなプロポーズの後。
興奮冷めやらぬまま、今朝は泣きながら荷物を運び出した勇樹 の部屋に、訓志 は戻った。
「お帰り、訓志」
自室の玄関に入った瞬間、靴すら脱がないまま、勇樹は嬉しそうに微笑み、両手を広げた。
「……ただいま」
訓志は、三和土 にスーツケースを置いたまま、勇樹の胸に抱き付いた。少し照れくさい。勇樹は再び自分の腕の中に訓志を抱き締め、感慨深そうに首筋に顔を埋める。
「あぁ。訓志の匂いだ」
「あ、ごめん。今日、必死に荷造りしたから、僕、汗臭いかも」
慌てて勇樹の腕の中で身じろぎした訓志を、勇樹は強く抱きしめた。
「いや、全然。それに、訓志の匂いをかげて、俺、今めちゃくちゃホッとしてる」
二人は暫く無言で抱き合った。
「……今日、この家に帰って来た時、心臓止まるかと思った」
勇樹はポツリと呟いた。
「驚かせてごめん」
「訓志のせいじゃないよ。俺が悪いんだ。俺が、それだけのことをしてしまったんだから。改めてごめん。俺が訓志の立場でも『馬鹿にするな』って怒ったと思う。もう二度と、あんな思いをさせない」
勇樹は、ゆっくりと噛み締めるように、自分に言い聞かせるように謝罪し、そして訓志の髪にキスをした。
「……ん」
訓志の返事は短く、素っ気なかった。様々な感情が胸を去来していたからだ。熱い塊が喉につかえたような気分だった。
「あのさ……、なんで、シーツとか部屋着まで洗濯していったの?」
おずおずと、遠慮がちに勇樹は聞いた。
「えっ? だって、勇樹、嫌じゃない? 後ろ足で砂掛けて出て行った僕の匂いのするシーツに一人で寝るの」
意外な質問だと言わんばかりに、訓志は目を丸くして答える。
「……俺は『匂いですら、お前のところには残したくない』のかって。そこまで訓志に拒絶されたかと思って、それが一番堪えたよ」
少し拗ねたような声で正直に打ち明け、勇樹は、訓志を抱く腕に少し力を込めた。
「……それが、別れ際の礼儀かなと思ったんだ。悪気はなかったんだけど、勇樹を傷つけてごめんなさい」
なんの前振りもなく、帰宅したら家には訓志の荷物が全くなく、二人で仲良く寝ていたシーツや自分が着ていた部屋着が洗濯済みなことにショックを受けた勇樹の姿を想像した。きっと、飼い主に捨てられた犬のように、肩を落としうなだれていただろう。訓志の胸は切なくなった。きゅっと勇樹を抱き締め返した。
「いや、訓志は悪くないよ。元はと言えば、俺が悪いんだ。
ていうか『別れ際の礼儀』とか、改めて訓志の口から聞くと、痺れるよ……。俺、ホントに、訓志に捨てられそうだったのを、首の皮一枚で助かったんだな。やばっ。すごい冷や汗かいちゃった」
訓志を失う恐怖に、勇樹がぶるっと身震いしたことは、訓志にも伝わった。身体を温め安心させてあげるように、訓志は、優しく勇樹の背中をさする。
「僕も聞きたいことが一つあるんだけど、良い? なんで、あのバスに乗るって知ってたの? 僕、店長にしか言わなかったのに」
勇樹を安心させ気分を変えようと、訓志は甘い声で話題を変えた。
「あー、あの人、店長さんなのか。俺、電話したんだよ。ホスト辞めるって書いてあったから、店の人なら居場所知ってるんじゃないかと思って。
……店長さんには『あいつの気持ちに応えられないなら、黙って行かせてやってくれ』って言われたよ」
話題が変わり元気づけられたかのように、少し明るい声に戻って勇樹は答えた。
「『追うなら真剣に』ってことか。店長、普段はヘタレなのに、たまにはカッコいいこと言うんだね」
訓志は、少し感慨深そうに呟いた。
「お店、なんで辞めたの?」
「……勇樹には話してなかったけど、僕、勇樹との契約が終ったら、勉強して、ちゃんとした仕事に就きたいと思ってたんだ。黙っててごめんなさい。恥ずかしかったんだ。『できるわけがない』って、周りの人に後ろ指さされそうで……」
恥ずかしくて目を伏せ、ぼそぼそと訓志は小声で打ち明けた。
「もし、俺と過ごして前向きな気持ちになってくれたんだとしたら、すごく嬉しい。俺は、訓志を応援するよ」
そんな彼の姿に、勇樹は愛おしそうに目を細めた。
「ありがとう。早速ひとつお願い。もう僕、東京には『家なき子』だから。この家に置いてくれる?」
「もちろんだよ。ここは訓志の家でもあると思ってくれよ。
……あ、そうだ! 訓志のお母さんには近々、挨拶に行った方が良いよな?」
いつまでも話が止まらない勇樹に焦れた訓志は、彼の肩に顔を擦り付け、首筋を柔く唇で食んだ。
「……なあ、色っぽいことするなよ、訓志……。俺、その気になっちゃうじゃん」
勇樹は溜息交じりに、口では困ったように言いながらも、満更でもなさそうな表情を浮かべていた。
「その気にさせたくて、してるんだもん」
勇樹のにやけた表情を確認して、訓志は悪戯っぽく微笑んだ。
「ごめん、気が利かなくて。確かに、こうして訓志が帰って来てくれたのに、いつまでも玄関で立ち話ってのも何だな。お互い汗もかいたし、お風呂に入ろう」
急に勢いづいた勇樹は、いそいそと靴を脱ぎ、お風呂場へと向かう。
「さとしー。一緒に入ろうよお」
子どものような甘えた声で、脱衣所から訓志を呼ぶ勇樹は、もう靴下を脱ぎ、ネクタイを解き、スーツの上着を脱いでいる。放っておいたら、すぐにでも裸になってしまいそうな勢いだ。
自分から誘ったとは言え、あまりに分かりやすい勇樹の態度に、訓志は苦笑した。
「お風呂が沸くまで、もう少し時間掛かるよ? もう脱いじゃうの?」
「二人でくっ付いていれば、寒くないよ。それに、お互い脱がせあっこすれば、少しは時間も稼げるじゃん?」
勇樹は悪戯っ子のように笑いながら、訓志を手招きする。
「……自分で脱ぐより、気が急いて、早くなっちゃうかもよ?」
妖艶な笑みを浮かべ、訓志はしなやかな足取りで勇樹に向かって歩みを進めた。
期間限定の恋(番外編)プロポーズの夜に おしまい
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