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第2部・第2話 お城に引っ越すシンデレラ

「こちらの家は、バックヤードに果樹が色々植わっています。オレンジですとか、ブルーベリー。摘み取ってジュースやジャムを作ることもできますし、果実を目当てに、野生の鳥やリスがやって来るのを眺めるのも楽しいですよ」  不動産屋の女性が、新居を探している二人に、にこやかに家を案内してくれる。日本と比べると、家自体が大きい。間取りもゆったりしている。キッチンだけで、日本にいた頃の訓志(さとし)の家くらいありそうだ。映画に出てくるような大きな七面鳥も焼けそうなオーブンまで付いている。料理の腕のふるいがいがありそうだ。一人一台の車を持つのが普通なのでガレージも広いし、だいたいどこの家にもバックヤードーー裏庭ーーが付いているらしい。 「ふーん。ここはプールは無いんだな。まぁ、訓志はそんなに泳ぐの好きじゃないし、日焼けすると肌が赤くなる性質だから、プールは無くても良いよな?」  バックヤードをちらりと眺め、勇樹(ゆうき)は事もなげに言った。訓志は思わず目を剥いた。 「ぷ、プール?! 個人の家にプールがあるなんて、どんなセレブだよ!」 「そんなに驚くようなことじゃないさ。プールがある戸建て、けっこう多いよ? この辺。俺の今のアパートにも共用設備であるぐらいだし。まぁ、さすがに使ったことないけどね」 (……もしかして僕、とんでもない人と結婚して、とんでもないところに来ちゃった?)  改めて、訓志は恐々と勇樹の横顔を盗み見た。彼は不動産屋に「できれば主寝室のバスルームにもしっかりしたバスタブが欲しい」と要望している。ひとつの家にいくつもバスルームがあるのは、珍しくないらしい。  日本では、一般的な家族用一戸建てを活用したシェアハウスに住み、自分だけの空間と言えば個室の六畳一間だった訓志には、御殿(ごてん)にしか見えない。勇樹の日本のマンションも十二分に贅沢だったが、スケールが違う。自分が観たアメリカ映画に出てくる家は、リアリティあるものだったんだと思った。  その後も不動産屋に連れられて、幾つかの家を見せてもらったが、どれも立派だ。訓志は思わず溜め息をこぼした。きっと、王子様の求愛を受け入れ、お城に上がった直後のシンデレラなら、今の自分に共感してくれるに違いない。  物件見学の間、勇樹は常に訓志の身体に触れていた。しかも甘ったるい表情と声で話し掛けるものだから、訓志は不動産屋の反応を窺ってしまう。しかし彼女は全く気にする様子もなく、ニコニコと二人を眺めている。 (サンフランシスコ・ベイエリアは、世界中のLGBTにとって憧れの土地だって聞いたことあるけど、ホントだ。男同士のカップルが家を探してても、普通のお客さんとして扱ってくれて、ありがたい。日本だと、こうはいかないだろうなぁ……)  訓志が感慨にふけっていると、彼女が悪戯っぽい表情で何か言った。勇樹は得意げに「イエス」と答える。 「……ねぇ、勇樹。今、何て?」 「うん? 『お二人はアツアツですね。もしかして新婚生活のための新居ですか?』って聞かれたから、『そうです』って」  気恥ずかしくなり、訓志は頬を赤らめて勇樹の脇腹を軽く拳で押した。  不動産屋のオフィスに戻り、熱いコーヒーを淹れてもらう。スマホのカメラロールを眺めて見学した家を振り返り、勇樹は楽しげだ。 「なぁ、訓志。今日見た中で、気に入った家はあった?」 「……どこも、僕にはもったいないぐらい立派だったよ。『気に入らない』なんて言ったら、バチが当たっちゃうよ」  お城で豪華な部屋をあてがわれて気後れしているシンデレラさながら、借りてきた猫のようにシュンと俯いた訓志の手を握り、勇樹は優しく話し掛ける。 「大丈夫だよ。会社から、ちゃんと住宅手当出てるから。このエリアは田舎だから、どの家も広さはあんな感じなんだ。家賃も相場通りだよ」  上目遣いで、訓志は勇樹を見つめた。 「勇樹、ほんとに無理しないでね? 僕は、勇樹と一緒なら、雨風さえしのげれば、どんなあばら家でも良いんだから」  そんな健気な言葉は、ますます勇樹をきゅんきゅんさせる。 「訓志、可愛いなぁ……。絶対、幸せにするからね」  甘い囁きの合間に、訓志の唇に小鳥のように小さいキスを落とした。 (勇樹って、日本にいた時は真面目でシャイで「ザ・日本男児」って感じだったのに。こっちにいると、アメリカ人みたい。国籍が二重なだけじゃなくて、キャラも二重なのかなぁ)  父親の留学中にアメリカ国内で生まれた勇樹は、アメリカ国籍を持っている。今も日米二重国籍のままだ。彼の海外赴任帯同に際して、どういうビザが良いか弁護士に相談し、「アメリカ市民の婚約者ビザを取得して渡米、現地で結婚して永住権を申請」が良いだろうと助言されたのだ。  二人は、勇樹の職場からもそれほど遠くなく、適度に落ち着いたエリアにある家を借りることにした。勇樹の希望通り、主寝室のバスルームにも深さのあるバスタブがついている。バックヤードには藤棚があり、木陰でお茶を飲んだりするのに良さそうだ。もちろん果樹も植わっている。レモンの木から収穫したら、ジャムとレモネードを作ろう。  家具は、おおむね備え付けられていたので、契約を済ませた次の週末には二人で荷物を運び込み、新居への引越しは完了した。ベッドだけは、勇樹に説得されて新たに買った。 「せっかく寝室が広いんだ。ゆったり寝れた方が良いじゃん?」  キングサイズのベッドが搬入されると、いよいよ新生活が始まるのだという実感が湧いてくる。シーツや掛け布団カバーを掛けながら、ここで勇樹と愛し合うことを想像して、訓志の胸はドキドキする。  簡単な夕飯後、二人で寝室に移動すると、勇樹は無言で、背後から訓志を抱き締めた。うなじや耳に音を立てて口付けながら囁く勇樹の声は、しっとりと湿っている。 「……今夜は思う存分、訓志を愛したい」  彼の腕の中で身体をよじって振り向くと、訓志は勇樹の頰に手を添え、優しく口付けた。キスを止めず、勇樹は訓志の身体を回転させ、向かい合わせにさせる。姿勢が楽になった訓志は、両手を勇樹の首に回し、髪に指を通して優しく毛繕いする。 「幸せすぎて、少し怖いよ」 「まだ始まったばかりじゃないか……。これから、もっともっと幸せになろうな」  勇樹の頬に自分の頬を擦り付けて甘えた表情を浮かべた後、子どもみたいな仕草をした自分に照れ、誤魔化すかのように、訓志は勇樹の腕を引っ張って、二人一緒にベッドにダイブした。クスクスとした忍び笑いが、切なげで艶かしい喘ぎ声に変わるまで、それほど時間は掛からなかった。

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