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第2部・第4話 We Got Married!!

「ユウキ・アンド・サトシ?」  ロスアルトス市庁舎で名前を呼ばれ、二人は少し緊張気味に立ち上がった。勇樹(ゆうき)の手には、結婚許可証が握られている。  今日は、二人の結婚式だ。  立会人のもと誓いを立てて許可証にサインをもらうだけの、いわゆる「シビル・マリッジ」という、実に簡素なもの。しかし、これを行えば、アメリカ国内では法律的に結婚したカップルとして認められる。日本では法律婚ができないゲイの二人にとっては、とりわけ意義深い大事なイベントだった。  式の執り行われる部屋には、立会人である司祭さんがローブ姿で待っている。司祭さんに続いて誓いの言葉を復唱し、 「I do (誓います)」 と述べる。 「Congratulations! (おめでとう)」  司祭さんは笑顔で握手をしてくれ、許可証にサインをしてくれた。  部屋を出ると、結婚式を待つ他のカップルたちも笑顔で祝福してくれた。人種もまちまちだし、自分たちのような同性同士のカップルの姿もある。特にゲストもおらず、立会人以外は二人きりだったが、晴れて家族となった感激で、訓志(さとし)は胸が一杯で言葉が出ない。瞼と、鼻の奥の方がツンと熱い。唇もわなわなし始め、顔の筋肉がこわばっている。周りの人から掛けられる祝福の言葉に、ようやく「サンキュー」と応えながら、市庁舎を後にした。  車のエンジンを掛け、勇樹は、少し神妙な表情で訓志を見つめた。 「ようやく訓志と結婚できた。今日からは、正式に家族だな」 「末永く、よろしくね」  訓志がおどけた笑みを浮かべると、つられた勇樹からも笑みがこぼれる。  そっと訓志の手を取ると、少し申し訳なさそうに彼は呟いた。 「ごめんな。指輪が間に合わなくて」  訓志の左の薬指をさすりながら眺める勇樹は、少し口を尖らせて拗ねたような表情だ。 「ううん。少し待っても、指輪に刻印を入れたいって言ったのは僕だし。世界で一組だけしかないものにしたかったから。それより、今日結婚できたことがすごく嬉しい。指輪ができたら、もう一回、結婚した気分が味わえると思えば、悪くないんじゃない?」  この晴れがましい日に、互いに結婚指輪をはめたかった勇樹の気持ちを汲み、訓志は明るい声で、さり気なく慰めた。 「ふふふ。訓志、ありがとう。ほんとに俺の気持ちを操るのがうまいよな。もちろん、良い意味だよ」  勇樹は目を細め、優しく訓志に口付けた。訓志は勇樹の首に手を回し、深いキスを返す。きちんと結婚して、彼と家族になることを心待ちにしていたのは、訓志も同じだ。その嬉しさを唇に込めた。 「……結婚したから、訓志の永住権も申請しなきゃな」  少し眩しいものを見るような眼差しで訓志を見つめる勇樹の言葉に、少し違う意味でも胸が躍った。米国籍を持っている勇樹と結婚した訓志は、アメリカの永住権を申請できる。永住権があれば、労働許可を取って働くこともできる。勇樹は、訓志一人養うのに困らない収入を得ているし、「一生食うのには不自由させないよ」と言ってくれている。しかし、訓志も男だ。自分にどんな仕事ができるかは分からないが、自分の食い扶持(ぶち)ぐらいは稼ぎたいという気持ちはあった。 「そうだ! 今日は一日お休み貰ってるんでしょう? この後、ファーマーズマーケットに連れて行ってくれない?」 「あぁ、良いねぇ」  今日は、晩秋には珍しく雲ひとつない青天だ。勇樹は日差しを避けるためにサングラスを掛け、車を発進させた。  カリフォルニアと言えば、一年中青い空で温暖で、半袖短パンで過ごしているのかと思っていたが、シリコンバレーやサンフランシスコのある北カリフォルニアは、夏は涼しく冬は比較的暖かい。気温や湿度の変化が少ない気候だ。その中でも、春夏は晴れの日が多く、秋冬はどんよりと曇っていてスコール的なにわか雨が多い。十一月の街は、サンクスギビングとクリスマスに向けた飾り付けでいっぱいだ。  コストコのような巨大スーパーも面白いが、訓志は、ファーマーズマーケットを気に入っている。農家や生産者が直接持参している野菜や果物の量り売りは、どれも新鮮だし、欲しい分だけ買えて合理的だ。全粒粉や胚芽入り、ライなど、日本では見慣れない種類のパンもおいしい。蜂蜜やコーヒーなど、カリフォルニアの自然の豊かさに、初めて行った時、訓志は目を見張った。品物を手に取って、直接農家や生産者と言葉を交わしての買い物ならば、まだ英語がたどたどしい訓志でも挑戦しやすい。  適当な場所に車を停めて、二人は手を繋いでマーケットに入っていく。最初は、男同士がイチャイチャしていても周りが平然としていることに戸惑ったが、知り合いもおらず、しがらみもない外国だ。大好きな勇樹と人目をはばからず仲良くできるのが、今の訓志は嬉しくてたまらない。 「ジャガイモがおいしそうだね」  手に取って野菜を眺める訓志に、勇樹は甘えたように背後から抱き付き、肩に自分の顎を乗せる。 「俺、訓志のカレーが食べたいなぁ」 「えーっ。結婚記念日なのに、そんな普通のごはんで良いの?」 「もう半年近く食べてないもん。食べたいんだよ、普通の日本のカレーが」  ちょっと鼻にかかった声で駄々をこねるように自分に甘える勇樹は、小さい男の子みたいで可愛い。訓志がそう思っていて、彼に少し甘くなることに、勇樹は気付いているのだろう。 「そう? 良いよ、勇樹が食べたいなら」  飼い主にじゃれつく大型犬みたいに、勇樹は訓志のうなじに鼻先を擦り付けた。 「ふふふふ。くすぐったいよ」  顔を見合わせて二人はクスクスと笑った。 (ほんとに、幸せ過ぎて怖いくらいだよ……。良いのかな……? 僕なんかが、こんなに優しくて素敵な人に、こんなに愛されて)  母親に女手一つで育てられ、父はおろか祖父母の顔すら知らずに大きくなった訓志は、『早くお金を稼ぎたい』という一心と、当時から可愛らしかったルックスを武器にアイドルを志した。しかし、挫折して高校もドロップアウトし、以来、出張ホストで生計を立ててきたものの、明確なビジョンもなく、将来に漠然と不安を感じていた。  そんな自分が、裕福でハンサムな勇樹に見染められ、プロポーズしてもらえたなんて、まさにシンデレラだ。  訓志がホストを辞めたことを知ったホスト仲間は、訓志の今後の身の振り方ーーお客様だった人からプロポーズされ、アメリカ転勤に帯同するーーを聞いて、皆、一様に羨ましがった。幸せを掴んだ仲間のことを素直に祝福してくれ、渡米前にはお別れパーティーまで開いてくれた。 「ホストの仕事は、長くは続けられない。それに、なかなかちゃんとした恋人もできにくい。サトシ、良かったね。絶対幸せになるんだよ?」  一番仲の良かった同い年のホストは、潤んだ瞳で訓志を見詰め、強くハグしてくれた。  この幸せに見合うような、ちゃんとした人間、ちゃんとした配偶者になろう。訓志は、内心強く決意していた。

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