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第2部・第6話 誘惑 (2/3)
LGBT支援NPOの資金集めパーティに、勇樹 と一緒に参加した訓志 は、どうやら勇樹に気があるらしい東アジア系男性から喧嘩を吹っ掛けられた。
「あぁ、もし失礼だと思ったなら、ごめんね。日本から来たばかりって聞いたから。日本人って英語が苦手な人が多いよね。
僕は中国系アメリカ人三世なんだけど、英語しか喋れないんだ(笑) ユウキはアメリカ生まれだし、大学も大学院もアメリカだから、発音が綺麗だよね。……ちなみに、君はこの国には何しに来たの? 日本にいた時は何してたの?」
さすがの訓志も、不躾な質問に、堪忍袋の緒が切れた。
「僕は、勇樹と家庭を作るために来ました。彼の転勤を機にプロポーズされたんです。お蔭様で、先日、正式に結婚しました。この国でどんな仕事ができるかは、まだ分かりません」
そっちがそういう態度なら、こっちだって黙っちゃいない。
アイドル練習生時代からずっと、『少し挑戦的だけど魅力的』と褒められた複雑な笑みを浮かべ、わざと左手で髪を耳に掛け、薬指の真新しい結婚指輪を見せつける。さすがの彼も、『結婚』というパワーワードと指輪に、悔しそうな表情を浮かべた。それでも、攻撃の手はゆるまない。
「そう言えば、さっきから君、いっぱい熱い視線を集めてるね。可愛いから、接客業なんか向いてるんじゃない? 男性客の多い店なら、君目当てにゲイが集まりそうだし。チップもたくさん貰えるんじゃない?」
更に度を増す嫌味に、訓志は大きく溜め息をついた。やっぱり、どこの国にも、こういう手合いはいるものだ。
「ご心配ありがとう。キャリアについては、配偶者の勇樹ともよく相談して考えるよ。勇樹は、すごく頼りになる人だっていうのは、僕も同感。これからも良い同僚として、勇樹をよろしくお願いしますね」
一見下手に出つつ、配偶者という強い立場を誇示し、訓志はニッコリ無邪気な笑顔で微笑んだ。無遠慮に当てこすってきた彼に対し、内心穏やかではなかったが、なにせ勇樹の同僚だ。トラブルは起こしたくない。
二人の間にバチバチと火花が散った瞬間、勇樹が戻って来た。彼は、二人の間の不穏な空気には気づいていない。
「訓志、お待たせ。ごめんな、知り合いに捕まっちゃって」
背後から訓志を抱きかかえるように身体を寄せ、アイスティーを手渡す。
「ありがとう。ねえ、勇樹。ジェイソンって、よく会社のジムでご一緒する人でしょ? 今、少しお話してたんだ」
勇樹の腕の中から抜け出すどころか、訓志も積極的に身体を擦り寄せる。甘い声と表情で話しかけると、照れ屋の訓志が珍しく人前で甘えて見せたので、勇樹は嬉しそうだ。デレデレと目尻を下げたまま、彼はジェイソンにも話し掛ける。
「ありがとう、ジェイソン。訓志はまだ日本から来たばかりで、知り合いもいないから、仲良くしてくれると嬉しいよ」
目の前でアツアツぶりを見せつけられ、さすがの彼も意気消沈したようだ。軽く勇樹に挨拶して、二人の前から立ち去った。
「あの人、勇樹に気があるでしょ。さっき勇樹のほうに歩き出したら、わざわざ腕まで掴んで引き留められてさ。アメリカに何しに来たんだ? 随分男にモテるみたいだから、接客業でもやったらどうだ? って侮辱されたんだよ! 子どもにでも言って聞かせるように、嫌味ったらしく、ゆーっくり喋ってさ。確かに僕の英語は拙いけど……。失礼にも程があるよ」
憤慨している訓志を、勇樹は少し困惑した表情で見ている。
「……ええっ? あいつ、そんなこと言ったの? 彼には訓志のこと散々話してたんだよ。あいつ、訓志のこと褒めてたんだぜ。『若くて可愛いのに、優しくてしっかりしてるなんて、最高じゃないですか』って」
一番のコンプレックスを抉られて傷付いていた訓志は、思わず勇樹に八つ当たりしてしまった。
「……勇樹は、配偶者の僕より、同僚のあの人の言うことを信じるの? こんなひどい侮辱を受けて、僕がどんな気持ちになったかは、気に掛けてくれないんだ」
訓志の表情と声が一瞬で硬くなったことに、勇樹は敏感に気づいた。慌てて訓志の肩を抱きしめる。
「訓志の言葉を疑ったりなんか、するもんか。ごめん、俺が悪かった。そりゃ、初対面で碌に面識もない相手から、仕事のことまでズケズケ口を出されたら腹が立つよな。
……ただ、俺が知ってる彼は、そんなこと言いそうに思えなくて。あっ、でも、俺に好意とか感じたことはなかったよ、全く」
勇樹がすぐに謝り共感を示してくれたので、訓志の機嫌は直りかけたが、後半の言葉に、再び怒りが再燃する。訓志は軽く鼻で笑った。
「ふうん……。ジェイソンって、猫かぶるのがうまいんだね。でも、僕には容赦なかったよ?
勇樹は育ちが良いから、こんな意地悪する人がいるなんて信じられないんだろうけど。今度、試しに彼に言ってみなよ。『顔と身体がどストライクだったから訓志と一緒になったけど、あいつ、教養ないから話が合わない』って。きっと、小躍りして自分を売り込んでくるよ」
口元に皮肉な笑みを浮かべた訓志の眼差しは冷たい。とげとげしい言い方も、必要以上に偽悪的だ。訓志が、学歴や職歴をどれだけ気にしているか、一番良く知っているのは勇樹だ。彼は、いたわるような表情で訓志に話し掛けようとした。
しかし、訓志は、勇樹の発する愛情のサインに気付かない。
「僕、お手洗いに行ってくる」
殆ど口を付けていないアイスティーを勇樹に手渡し、クルリと背を向けて会議室の外へ向かう。
これ以上、嫌な自分を見たくない。少し、この場を離れて頭を冷やそう。
訓志が一人で歩いていると、あちこちから意味ありげな視線が投げかけられる。日本でも似たようなことは多々あった。アメリカも一緒だ。『話し掛けないで』と言わんばかりに、ツンと女王様のような態度を貫く。
お手洗いを出てパーティー会場へ戻る間に、ニコニコと話し掛けてくる大柄な男がいた。「失礼」と軽くかわそうとしたが、彼は相当のやり手だ。決して強引ではないのに、訓志の腕や背中に触れ、自分の思い通りに誘導し、あっという間に訓志は壁際に押し込まれる。
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