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第2部・第17話 見出したやりがい、そして可能性

 思いがけないことに、当初は生徒になるつもりで参加したコミュニティ・カレッジのダンスクラスで、訓志(さとし)は、ティーチング・アシスタントにスカウトされた。  コミュニティ・カレッジに通い始めてから、夕飯時、勇樹(ゆうき)は積極的に 「今日はどうだった?」  そう質問を投げかけ、訓志が話すのを促すようになった。  アメリカで大学院まで出ている勇樹にとっては、自分の話は子どもっぽく、つまらないのではないか。否定されやしないか。訓志は最初ためらったが、勇樹は意に介さなかった。 「俺は、訓志が今日どんなことをして、何を感じたかに興味があるんだよ」  おずおずと訓志が話し始めると、彼は目を細めて、嬉しそうに聞いてくれる。  日本とアメリカでの指導方針の違いについての気付きを話すと、 「こんなに早く、良く気付いたね、訓志。確かに、アメリカの教育はそうかもしれない。長所を見つけて褒める、そして、そこを伸ばすよう励ます。できなかったことより、『できたこと』『挑戦したこと』を褒めるのは、本当にその通りだよ」  訓志の背中を押すように、認めてくれるのだった。  ティーチング・アシスタントをやっても良いかと相談した時も、彼は、我が事のように喜んでくれた。 「すごいじゃん! 実力一発でスカウトされるなんて。給料貰えなくても、絶対にやった方が良いよ。履歴書に書ける経歴になるから。アメリカでは、経験者のほうが圧倒的に就職に有利だからさ。あと、こっちの会社って、面接前後に、過去の同僚にコンタクトして『サトシ・キノシタってどんな人ですか?』って評判聞いたりするんだよ。いわば推薦人になってくれる人は、少しでも多い方が良いから」  英語の歌の発音チェックや、ダンスを確認するための動画の撮影も、快く引き受けてくれる。 「俺には芸術的センスはないから、歌やダンスについては何も言えないけど。もしできることがあれば何でも使ってくれよ」  パートナーの勇樹の応援とバックアップは、訓志には、心強しく、頼もしく、嬉しかった。 『勇樹が、自信やプライドを失っていた自分を励まし、回復するための方法についてアドバイスしてくれ、ずっと見守ってくれたように、自分自身が生徒にとって、少しでもそういう存在になれたら』  訓志は、次第にそう考えるようになった。 「彼は・彼女は、クラスに貢献した」  英語クラスで耳にした先生のこの発言が、ある時、訓志の心に刺さった。ダンスクラスで、お手本として踊る生徒を募った時、自分から手を挙げた生徒を、同じように褒めてみた。 「クラスに貢献してくれて、ありがとう! 積極性が素晴らしいよ」  褒められた生徒は少し照れくさそうにしながらも、嬉しそうに笑顔を返してくれた。  もちろん、先生としての一番身近なお手本はジャネットだった。 「私の両親が、ジャネット・ジャクソンのファンだったの」  少し照れながら名前の由来を教えてくれた彼女は、以前はプロダンサーを目指していたそうだ。怪我や、愛する人に出会い家庭を持ったことで、ダンサーとしてのキャリアは諦めたのだと、訓志に語った。 「あら! 前よりシェイクが上達したわね!」 「あなた、リズム感が良いわよ!」  一人ひとり生徒の優れた点を見出して、積極的に口にする彼女の指導法には、学ぶところが多かった。彼女とマンツーマンでのレッスン準備時間は、ダンスそのものの話は勿論だが、彼女が、いかに生徒たちのバックグラウンドを詳細に把握しているかに驚かされた。 「彼は、保護者の健康問題で経済的に苦しくなり、奨学金を貰えず、大学をドロップアウトした」 「彼女は、きょうだいにハンディキャップがあり、面倒を見る必要があるので、フルタイムの学生になるのが難しく、コミュニティ・カレッジに来ている」 「あのきょうだいは、両親が離婚し、母親についてベイエリアに去年来たばかり」  苦労している生徒がいかに多いかを知り、訓志は、いっそう生徒たちの気持ちに寄り添いたいと思うようになった。訓志自身、母一人子一人の家庭に育ち、働きづめの母親に胸を痛めながら育ったから、とても他人事とは思えなかったのだ。生徒に聞かれれば、自身の生い立ちを話すこともあった。 「だけどサトシは、芸能事務所のオーディションに受かるくらいルックスも良ければ、歌もダンスも才能があるじゃない。それに、今は、ユウキみたいなカッコ良くてお金持ちのパートナーがいるし」  生まれついての容姿や才能、運を羨む生徒たちに対し、訓志は冗談めかして伝えた。 「確かに、顔と身長は、親に感謝してるよ。でも、太らないように、アスリートやバレリーナと同じくらい真剣にカロリーコントロールしてたし、歌もダンスも一から始めたから、スタートは、今のみんなと変わらないよ。他の練習生に負けないように、寝る暇も惜しんで練習したから上達したんだよ? ……ユウキと出会えたのは偶然だから、神様に感謝かな。だけど、彼にプロポーズさせるほど惚れさせたのは、僕の努力だからね!」  最後の下りを聞いて、生徒たちは素直に面白がって笑った。 「……正直言うと、僕も芸能事務所をクビになって、不貞腐れてた時期もあったよ。その時に、 『訓志だって、やればできる』 『歌が上手だから、ぜひ聴かせて欲しい』  って、作詞作曲や、動画配信サイトへの投稿を勧めてくれたのが、恋人のユウキだったんだ。最近、投稿再開したんだけど、僕の歌を喜んで聴いてくれるリスナーがいるのが一番の励みだよ」  自分の弱みや失敗も率直にさらけ出す訓志に、次第に生徒たちも打ち解けるようになった。  他のクラスの先生やアシスタントと顔見知りになれたのも、嬉しい副次効果だった。みんなダンスのエキスパートだから、話も合う。自分の大好きな分野で、次元の高い会話に参加でき、仲間として認めてもらえた。  訓志にとっては、練習生時代以来の充実感だった。 「さぁ、みんな! 年に一度の学園祭でのステージを目指して、頑張るわよ!」  ダンスクラスは、全体での基礎練習を少しやったら、学園祭に向けた演目の練習に入った。学園祭では、生徒たちが自発的に組んだチームがそれぞれ演目をやり、最後に全員で踊る。日本で基礎をみっちりやらされた訓志は少し驚いた。 「前も言ったように、このクラスの子たちには、まず、ダンスが楽しいって感じてもらいたいから。一曲踊れるようになると、自信が付いて、モチベーションも続くのよ」  なぜ基礎を殆どやらないのかと尋ねると、ジャネットが教えてくれた。訓志は体育館のフロアを見渡す。どんな曲を踊ろうか話し合ったり、早速踊り始めたりしている生徒たちは、確かに活き活きとしている。  訓志の手が空いている様子を窺い、おずおずと少年たちのグループが近づいてきた。 「ねぇ、サトシ。あなたが日本人なのは知ってるけど、僕らにK-POPのダンスを教えてくれない?」 「もちろん良いよ! やりたい曲は決まってるの?」  勢い良く、膝の屈伸運動をしながら立ち上がると、彼らは嬉しそうに顔をほころばせた。彼らのお目当ては、今一番アメリカで流行している男性K-POPグループの曲だ。日本でもかなり流行っているので、実は訓志も、自分の動画配信チャンネルで、振り付きで配信しようと練習していたところだった。  早速、スマホでその曲を再生し、訓志は、歌を口ずさみながら軽く踊って見せた。  曲が終わって周りを見渡すと、彼らだけでなく体育館にいた全員が、ポカンとして無言で訓志を見ている。 「……僕のダンス、変だった?」  一瞬冷や汗をかいたが、少年たちのグループで一番元気な子が、威勢よく飛び上がった。 「やったぜ! 俺たちにはすごい先生がいる! サトシについて行けば、学園祭のステージは俺たちのもんだ!!」 「ねぇ、サトシ。ダンスは僕ら頑張るからさ、当日、歌を歌ってよ。鬼に金棒じゃない? なぁ、みんな」  男子グループのブレーン的なメンバーが策を練り出す。一方で、彼らの後ろから女の子たちが黄色い声を上げる。 「ねぇ、サトシは当日踊らないの? 観たーい!」 「学園祭のステージは生徒のものでしょう? サトシは教える側だから、出ないわよ? 他の先生たちやティーチング・アシスタントが出ないのと同じようにね」  (たしな)められても不服げな女の子たちの姿に、訓志はジャネットと顔を見合わせて苦笑いする。  具体的な目標が定まり、活き活きと練習に励む生徒たちの姿を見ているだけで、訓志も期待に胸が膨らむのだった。

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