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第2部・第19話 久しぶりのステージ

 ステージに立つのは久しぶりだ。  センターに陣取り、(まぶ)しいライトを浴びると、身体の内外から静かな興奮で、熱くなる。軽く首や手足を回しながら、後ろに立つメンバーを振り返った。みんな、ガチガチに緊張している。表情もこわばり、(すが)るような眼差しだ。 「お客さんに、僕たちのカッコ良いとこ、見せてやろうぜ!」  訓志(さとし)が笑顔でウィンクして見せると、みんなもようやく少し笑顔を見せた。  音響係に頷いて、曲を始めるよう合図を送る。イントロが流れると、反射的に身体が動き始めた。 (今日は、みんなを輝かせるサポートが、僕の仕事だ)  客席にはキュートな笑顔を送り、パフォーマーとしてのダンスを魅せる。いざステージが始まると、訓志は冷静に客観的に自分を見ていた。客席の一人ひとりの顔がよく見えるし、自分の身体が、まるでスローモーションのようにゆっくり動いているような錯覚に陥った。ターンやヒットのたびに揺れる髪すら、今なら、思いのまま動かせる気がする。  一方で、耳で背後のメンバーの気配や動きを観察する。背中や、手足の動きで彼らを鼓舞する。踊りながらポジションが入れ替わる時には、視線を送り、頷いて見せ、安心させる。目や耳が、何倍にも増えたような錯覚に陥った。一緒に踊っているみんなが、自分たちのペースを取り戻し、自然な笑顔が出始めた頃には、ノリの良いアメリカ人のこと。客席の中には、立ち上がって一緒に踊っている女の子もいる。  一人ずつソロのパートに入った。先陣を切る訓志は、一層大胆にアピールし、観客を挑発する。客席からは、黄色い声が上がった。 (ほら、君たちも、やってみろ!)  後に続くメンバーに発破をかける。元気印が二番手だ。小柄だが、彼も小気味良いステップを踏み、歓声を浴びる。続くメンバーたちも、観客からの声援に力を得て、我も我もと、溌溂(はつらつ)とした踊りを見せる。  僅か五分にも満たないステージだったが、終わった時は、みんな汗だくで、肩で息をしていた。お辞儀をして退場すると、舞台袖で全員がへなへなと座り込んだ。 「ふわぁあああ……。やったぁ、終わった……」 「いやぁ、緊張した。……でも楽しかったな!」 「やっぱりサトシはすごいなぁ。あんなに笑顔で、キレッキレのダンスしてるのに、俺たちの動きが、まるで見えてるみたいだった。背中にも目があるの?」  頬を紅潮させ、みんなが次々に感想を口にする。いつの間にか、全員が輪になって訓志を抱き締めていた。 「サトシ、本当にありがとう。ダンスを僕たちに根気強く教えてくれて、励ましてくれて。あなたみたいなダンサーと一緒にステージに立てるなんて、思ってもみなかったけど、こんなハプニングとは言え、夢みたいだ」  口々に感謝され、訓志の目頭は熱くなった。 「みんなが頑張ったからだよ。僕は、背中をちょっと押しただけ。今日のステージは、一番良いダンスだったよ!」  一人一人を抱き締め返すと、彼らもべそをかいていた。楽屋に引き上げると、他の生徒たちも、みんながそれぞれ素直な感謝を述べ、訓志に握手やハグを求めてくれた。 『やればできる』  訓志を(すく)い上げてくれた魔法の言葉は、生徒たちにもめざましい効果を与えてくれた。生徒たちの満足げで充実感に溢れる表情は、輝いていた。自己実現に向けて努力する誰かの背中を押す。教師としての歓びを、初めて味わった瞬間だった。  スタッフTシャツに着替え直し、こっそり舞台裏に戻ったが、ニヤニヤする他の先生やティーチング・アシスタントたちに小突かれ、肩をパンパンと叩かれ、照れくさいことこの上なかった。  生徒たちのステージが終演し、訓志のために来てくれた人たちのところに、ひっそり近寄ろうとしたが、他の観客も、見事なダンスを披露した訓志の顔を覚えていて、多くの人に話し掛けられた。 「すごく良かったよ!」 「ありがとうございます」 スポンサーもいるだろうから、無下(むげ)にもできない。丁寧にお礼を言いつつ、どうにかその場を失礼した。 「びっくりしたよ。訓志が踊るなんて、聞いてなかったから。いやー、でも、やっぱり違うな。俺の目から見ても、素人の中にプロが一人混じってる感じは否めなかったね」  勇樹(ゆうき)が、親バカならぬ、配偶者バカを真顔で述べるも、周りのディックやフード・ドライブ関係者も、うんうんと頷いている。 「ちょ、ちょっと! 今日はたまたま怪我した子がいて、センター抜きじゃ恰好つかないから、ピンチヒッターとして出ただけだよ。生徒のための発表会だから、ティーチング・アシスタントの僕はあくまで、みんなの引き立て役だから」  慌てて訓志は否定したが、勇樹以外の男性陣はニヤニヤと、勇樹と女性陣はうっとり溜め息混じりに、口々に褒めそやした。 「訓志が一番カッコ良くて、うまかった」 「アイドルそのものだった」  その時、歓談する一同の後ろから、おずおずと近付いてくる一人の男性がいた。 「……ジェイソン」  勇樹に横恋慕(よこれんぼ)していた、彼の同僚だ。以前、訓志に対する敵意をあからさまにし、侮辱してきたので、忘れるべくもなかった。訓志が小さくその名前を呟くと、彼は少し決まり悪げな笑みを浮かべた。 「サトシ、久しぶり。忙しい時にごめんね。ちょっと二人で話せる? 一瞬で良いんだけど」  思わず勇樹の顔色を窺うと、勇樹は無言のまま『行っておいで』と言うように頷いた。訓志は、その場にいたみんなに断って、ジェイソンと二人で、輪を抜け出した。 「今日のステージ観たよ。君、すごいダンサーだ。カッコ良かったよ。ユウキから、日本でプロを目指してたって聞いたけど、プロそのものだったよ」 「……ありがとう」  戸惑い気味の薄い笑みを浮かべ、訓志は、とりあえず誉め言葉に対するお礼を言った。 「君の様子を見るに、ユウキは、君に何も話してないと思うんだけど……。僕、ユウキに、こないだ告白したんだ。でも、 『愛してるのはサトシだけだ』  ってハッキリ断られたよ。サトシのどこが好きなのか、聞いたんだ。そしたら、 『彼は、自分が悲しみのどん底にいた時に寄り添ってくれた。孤独な自分に家庭の温かみを与えてくれた、ただ一人の人だ。チャンスに恵まれず、若くして苦労してきた彼の、成長や自己実現の手助けができて嬉しい。人を幸せにする歓びをくれた』  そんな風にユウキは言ってた。このイベントで君の姿を見たら、彼の言葉の意味が分かるかと思って、来てみたんだ。  ……よく分かったよ。彼がサトシに惹かれた訳が。笑顔やダンスも素晴らしかったけど、君が生徒たちをすごく大切にしてること、生徒たちも君を信頼してることが伝わってきた。君は懐が深い人だね。ユウキとの絆の強さも、改めて見せつけられた。とても僕なんかが入り込める隙はない。  前回会った時、子どもっぽい嫉妬で、君にものすごく失礼なことを言って、ごめんね。ずっと謝りたかったんだ」  NPO資金集めパーティの会場で顔を合わせた彼は、表面こそ取り澄ましていたが、訓志の弱点を見つけてやろうと険しい目をして、とげとげしかった。しかし今は、目に涙こそ浮かべてはいるが、ライバルだった訓志を認め、過去の非礼を詫びる潔さで、清々しい表情ですらあった。 「僕のことを認めてくれて、ありがとう。黙って帰ることだって、できたのに、わざわざ声を掛けてくれて、素直な気持ちを教えてくれて嬉しいよ」  訓志は静かに微笑み、ジェイソンの目を見つめながら感謝を伝えた。 「……サトシ。みんなが君の慰労も兼ねて食事に行こうって、待ってるよ」  話がひと段落するタイミングを見計らっていたかのように声を掛けてきたのは、ディックだ。 「ええと、ジェイソン? 僕ら、これからサトシを囲んで食事に行くんだけど、もし良かったら君も一緒に来ない?」  彼は、礼儀正しくジェイソンにも声を掛ける。ジェイソンはハッと息を呑んで一瞬ディックを見つめたが、すぐに目を逸らし、俯きがちに答えた。 「……ありがとう。でも、今日はこの後、予定があるから。じゃ、僕はこれで」  少し離れたところに立っている勇樹に軽く手を振り、ジェイソンは帰っていった。 *  騒動はこれで終わらなかった。訓志のダンスを客席で撮影していた人が動画配信サイトにアップロードしたのだ。 「あのダンスの上手い、キュートなアジア系イケメンは誰?」  ほぼベイエリア内だけではあったが、軽く話題になった。すると、自分のクラスのティーチング・アシスタントが注目されて気を良くした生徒が、訓志のアカウント「SHOTA」に言及し、SHOTAの歌へのアクセス数までもが急増した。日本のSHOTAファンは、顔出しでのダンス動画がSHOTAかもしれないと、大いに沸いた。 「えっ、これ、ホントにSHOTAさん?」 「間違いないよ。身体の線が似てるし、ちょっとした仕草もそっくり」 「髪の色も同じだ」 (はぁ……。ダンス動画の画質が悪くて、顔がハッキリ写ってなくて良かったよ……)  ダンスクラスへの参加希望者が増えたと、主任教員は顔を綻ばせている。先生やティーチング・アシスタントたちにはからかわれ、生徒たちにはキャーキャー言われ、気まずくてならなかったが、その騒ぎも一か月ちょっとで落ち着いた。  しかし、最大の衝撃がやって来たのは、その後のことだった。

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