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最終話 新たな始まり
移民局の待合室で、勇樹 と訓志 は、面接の順番を待っている。落ち着かない様子で、訓志はスーツの袖口を弄 りながら、もごもごと口の中で想定問答を繰り返している。勇樹は、そんな訓志を目を細めて愛おしそうに眺め、彼の背中にゆったりと腕を回した。
今日は、アメリカ市民である勇樹の配偶者として永住権 を申請する、訓志の面接日だ。
待合には、訓志たちの他にも何組かのカップルがいる。異人種、年齢差、同性同士。まさにアメリカの多様性を象徴するかのような風景を見渡した勇樹は柔らかい笑みを浮かべて、緊張する訓志に囁きかけた。
「大丈夫だよ、訓志。俺がついてるさ」
訓志は少し拗ねたように口を尖らせ、上目遣いに勇樹を見つめる。不安な時、助けて欲しい時の表情だ。勇樹は、安心させようと、訓志の肩を優しく抱き寄せる。
今日の二人は『椿姫』を一緒に観に行った時に着ていたオーダーメイドスーツに身を包んでいる。勇樹はネイビー、訓志はライトグレーと、色こそ違うが、同じウインドペーン柄のスリーピースで、お揃いのようだ。
「今後の人生が掛かってるからね。一張羅で行くのが礼儀だよね?!」
鼻息も荒く勢い込む訓志に、勇樹は軽く引いた様子を見せた。
「俺、アメリカに来てから、結婚式以外でスーツ着たことないんだけど……。同僚がスーツで出勤してくると、『どうしたの、今日はデート?』って、からかうのが定番だしなぁ」
「何言ってるの、勇樹! 僕の永住権が却下されたら、日米遠距離家族になっちゃうんだよ? 絶対、認めてもらわないと。少しでも感じ良い人だと思われたいじゃん!」
結局、訓志の勢いは、自分だけでなく、面接当日同席する勇樹にまでスーツを着せるに至った。決して偽装結婚などではなく、仲の良いカップルであることをアピールするために、お揃いに見える色違いをチョイスしたのも訓志だ。
「俺、すっかり訓志の尻に敷かれてる感じ?」
軽く苦笑いしつつも、勇樹は、素直に訓志が選んだスーツに袖を通したのだった。
待合室で緊張し続けている訓志を少しでもほぐそうと、勇樹はあえて世間話を始める。
「あ、そうだ。ディックって、今、特定の恋人はいるの? 訓志、知ってる?」
半ば上の空だが、訓志は答える。
「今はいないんじゃないかな。なんで?」
「実は、ジェイソンから、訓志なら知ってるだろうから聞いてくれって頼まれたんだよ。学園祭の日に、あの二人、ちょっと話したんだろ? どうも一目惚れしたみたいなんだよ」
「ええっ……! 勇樹とディックって、全然タイプが違うし、共通点ないじゃん!」
目を丸くした訓志の耳元に口を近づけ、勇樹は甘い声で囁いた。
「あるよ、共通点なら。……二人とも、訓志に恋したことがある」
訓志が言い返そうと開きかけた唇に、勇樹は素早くキスを落とした。
「サトシ?」
手に書類を持った面接官が、訓志の名前を呼んでいる。
訓志はひとつ深呼吸して、勇樹を見つめた。二人は微笑みながら目線を交わして立ち上がり、互いの背に手を触れ、面接室に向けて――そして、新たな人生に向けた第一歩を――歩み始めた。
期間限定の恋・第2部(完)
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