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第2部・第21話 僕の夢 (2/2)

「僕は、もう二十三歳です。アイドルとしてキャリアを始めるには少し年を取り過ぎていると思います」  芸能事務所からスカウトされた訓志(さとし)は、控え目な言い方ながらも、はっきりと自分のネガティブ要素を口にした。そのことは、むしろ芸能事務所には好印象を与えたようだ。 「確かに、ゼロからのスタートなら、厳しいでしょうね。でも、あなたは日本の芸能事務所で基礎的なトレーニングは積んできた。……あなたの動画配信サイトの歌も聴かせてもらいました。  あなたは、即戦力だ。最近の芸能界では、十代のタレントは敬遠される傾向がある。タイミングもスキルも、あなたは理想的な候補者なんです」  三人の中で一番年嵩で最初に名乗った人が、一番の役職者らしい。彼は目を細めてニコニコと訓志を見つめている。 「日本では、身長が大きすぎて他のメンバーから浮いてると言われ、クビになったんです」 「あぁ、ご心配要りません。私たちはダンス映えを重視しているので。今後デビュー予定のグループも、最低ラインは百七十五センチです。あなたは百八十センチ前後で、スタイルも良い。韓国系メインのグループですが、日本人のあなたが入ると、多様性が生まれる。アメリカで成功するには理想的な編成だ」  彼は自信満々の口ぶりだ。 「……せっかくのお話ですが、お断りします」  訓志が勇樹(ゆうき)と目線を合わせて頷き合った後、はっきり答えると、彼らは驚いた。 「ど、どうしてですか? 今なら、デビュー直前のグループにあなたを入れられる。こんなチャンス、滅多にないって、サトシ、あなたなら分かっているでしょう?!」  鼻白む彼らに、訓志はやんわりと言った。 「仰る通り、デビューまで何年もかかるのが当たり前の世界ですよね。こんな良い話、なかなかないでしょう。でも僕は、ショービジネスの世界でタレントとしてやっていく気は、もう無いんです」 「その理由を伺っても?」  さすがに一番年長の男性は、交渉慣れしている。すぐに冷静さを取り戻し、微笑すら浮かべて訓志を口説く材料を再び探し始めている。訓志は、彼の目を見つめ返しながら問い掛ける。 「もし、僕がデビューすることになったら、勇樹と結婚していることはオープンにできますか?」 「……売り出し中のアイドルにとって、特定の恋人の存在は御法度(ごはっと)だって、この業界を良く知るあなたなら、ご存じのはずだ」  少し声を低め、暗に『結婚していることは隠せ』と言われ、訓志は眉を引き上げた。 「僕にとって一番大切な人は勇樹です。彼との関係を隠してまでやりたい仕事はありません。それに、もしデビューしたら、全米を飛び回って、滅多に自宅にも帰れないツアーの日々が続きますよね? 愛する人と長い間離れ離れで過ごすなんて、僕は、そういう生活をしたくはないんです」 「今あなたをメンバーに加えようとしているグループは、既にアメリカで成功しているグループを遥かにしのぐ実力があると、教師陣の折り紙つきです。彼らも動画を見て、あなたならやれると言っている」  大きな溜め息をついて、もう一人の男性が言った。 「どんなに才能があっても、芸能界で成功する確率はものすごく低いということも、練習生をして悟ったことの一つです。……あっ、もちろん、彼らが将来、全米に名前をとどろかせる人気グループになったら良いなって、僕も願ってます」  慌てて、彼らのビジネス勘を疑っているわけではないと断り、また、かつて同じ道を志した先輩として、後輩にはエールを送った。若い方の男性と女性は、未だ不満そうだったが、年長の男性は彼らを目で制した。 「どうやら、あなたをスカウトするのは二年遅かったようだ。サトシ、あなたは今後、何をするつもりなんですか? これは単なる私の興味本位なんだが。聞いても良いですか?」 「僕は今、コミュニティ・カレッジのティーチング・アシスタントの仕事に、やり甲斐を感じています。将来は、ダンスや歌の先生になりたい。そして、自信を失っている子を励まして、『やればできる』って実感を持たせたい。これが、僕のキャリアの目標です」  心から嬉しそうな、無邪気な笑顔を浮かべている訓志に、芸能事務所の面々は、お手上げだとばかりに肩を竦めて苦笑した。

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