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被せた土の上から木で作った十字架を立てる。細い枯れ枝を麻紐で結んだだけのそれがこの土の下で眠るあの子の墓標になる。 膝をつき両手を合わせてせめて安らかに眠れるようにと祈り、立ち上がった時空に轟音が響いた。 「……、雷の音ならどんだけ良かったかな」 睨む様に見る先にあるのは白亜の城、この国の王や貴族が住む都。 今日はお貴族様が他国の王族を招いてのパーティーをするらしい。それの到着を祝う大砲が何発も上がる。真昼なのに花火すら上がる浮かれ様に俺は口角が上がるのを感じた。 「…良い御身分だよなぁ」 自分とは180度違う世界に口から出るのは憧れではなく、行き場のない怒りだった。でも、それを思ってもしょうがないというのは嫌と言うほどわかっている。 生まれた世界が違うのだ。恨むなら、ここに生まれた自分を恨め。 「…マリー、次はお姫様にでも生まれて来いよ。お前すげえ良い子だったからさ、神様もきっとそれくらいの幸運はくれるさ。…じゃあな」 来る時とは違う軽い身体に言い様のない寂しさを覚えながら俺は家に帰る。帰ったら今日も都に行って靴を磨いて日銭を稼ぐ。そうやって俺は毎日を食い繋いで来た。 だから今日もそうなる筈だった。 「………パーティーの給仕係?」 いつもなら柄の悪い奴らの怒号や悲鳴で騒がしいか、何の音もしないか、それの二択しかないスラム街が妙に色めき立っていた。 理由は声に出した通り、何と今日王宮で行われるパーティーでの給仕係を募集しているらしい。 「そーだよ!俺絶対立候補する!」 「私も、私もーー!」 「バーカお前らさっきの役人の言ってる事聞いてたか?立候補出来るのは16歳以上の最低限の読み書きが出来る大人しいやつだけ。お前らはまだガキだから無理だっつの!」 パーティー当日に給仕の募集なんて怪しすぎる。しかもスラム街に。 嫌な臭いしかしない募集に俺はその場から離れるように家の中へと入っていく。相変わらずのボロさ加減にため息が出るが屋根があるだけマシだった。 「…ソロ、帰ったか」 「うん」 「…お前は行かないのか?」 「…王宮?行くわけないじゃん。怪し過ぎる。絶対なんか裏があるに決まってる」 枯れ枝のような男は俺の言葉にそうか、としか返さなかった。 俺たちは別に家族というわけではなくて、ただ偶然なんとなく同じ縄張りにいてなんとなく共同生活を送る、そんな関係だった。 俺はスラム街では珍しく文字を書けるし読めもする。それはこの爺さんが教えてくれたからに他ならない。俺が働いて飯を調達する代わりに、爺さんは俺に勉強を教えてくれていた。 今にも崩れそうな木でできた椅子に腰掛けて、数日前の仕事の際に拾ってきた新聞に目を通す。 そこに映るのはこの国の王族達と、これから開かれるパーティーがこの国にとってどれだけ有益かを語る文章だった。獅子が治めるこの国と虎が治める大国が友好関係を築いてもう数百年は経っただろう。 それが今更パーティーを開いてなんになるというのか。 「…仕事行ってくる」 「ソロ、お前もうすぐあれが来るんじゃないのか」 新聞をテーブルに置いて土埃や垢で汚れた顔をフードで隠す。 いつも通り家を出ようとした時に背中からかけられた声に思わず鼻で笑って、粗末な素材で出来た首枷を欠けた爪で引っ掻いた。 「…言ったろ、俺は不良品なんだって。俺には発情期(ヒート)なんて来ねえよ」 何か言いたげな老人を背に俺は歩き出す。 もし俺がΩじゃなくて、αだったなら、マリーは生きてたのかな。 Ωにしては高い身長に、愛嬌も柔らかさもない顔。ガリガリに痩せた体に、燻んだ茶色の髪。狐の獣人特有の豊かな尻尾も俺の体じゃただのみすぼらしい細い尻尾だ。 今年で17になる俺は、未だに一度も発情期を迎えた事がない。 でもそれで良かった。一生、そんなもの来なくて良いとすら思った。

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