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01ー2

都に入るのには門を通る必要がある。 城を中心とするなら一番近い円が貴族の家がある富裕層、次の円が商家や劇場が所狭しと並ぶ繁華街、それから城下町があって、民家があって、綺麗な水と豊かな緑、うまい飯、そんな綺麗で賑やかな場所を都という。 俺達が生きているスラム街は円の外。都とそう離れていないのに環境の差はえげつない。 けれど、都以外の街は大体スラムと似通っているというのを聞いた事がある。 ただ俺たちの街は一応王様のお膝元だから税率はそこが基準。驚くほど貧乏なのに税金はガッチリ持っていかれる。そのせいで飢えて死のうがなんだろうが、雲の上の人たちにはどうでも良い事らしい。 どうでも良いに分類される俺は今日もこっそり門を通り、都の中でも少し治安の悪い場所に腰を下ろしていつものように木の板に『靴磨きます』と書いて壁に置いておく。 靴を乗せるための箱も用意して、後は待つだけとなった途端にとん、と磨かなくても十分に綺麗な靴が乗せられた。 「ねえ君さ、スラムの子?」 頭上から聞こえた明るい声に顔を上げる。 見るからに貴族の男は人懐っこそうな笑みを浮かべて俺のことをじっと見ている。見ない顔だな、素直にそう思った。 「…そうですけど、何か?」 「え、敬語使えんの?うわ、意外かも!ねえねえ、君さ、さっきその文字も書いてたよね?」 明るいオレンジ色の艶やかな髪を背の中程で緩やかに結んだ軽薄そうな男はどうやら俺によくわからない興味を持ったようで箱に乗せた足を引っ込めて代わりに俺と目線を合わせるようにしゃがんで来た。 「!?」 「お、その反応良いね。うんうん、なるほど、君は狐かな?名前は?」 貴族と言えばスラムの人間を見ればゴミのような目で見てくる奴らばかりで、同じ生物としての扱いなんて絶対にしない。常に見下し、馬鹿にして、そして気に入らなければ殺しもする。そんな奴らしか知らなかった俺には、この男の行動は意味がわからず恐怖しか抱けなかった。 「あ、もしかしてボクすっごい警戒されてる?やだなぁ、取って食ったりしないからそんな怖がんないでよ。ボクはトレイル。今とある理由で城で働いてるハイエナの獣人」 「…、」 どう名乗られたとしても俺にとってこのトレイルという獣人は怪しいやつでしかなくて無言のまま相手の出方を見るしか出来なかった。 「君さ、今王宮で人募集してんの知ってる?あれさぁ、応募殺到してんだけど中々良い人材がいなくってさ、ボクたちすっごく困ってるんだよねぇ」 「……あのバイトに応募する気はないです。だからここにいる」 「あ、知ってる?じゃあ話は早いや。ボクと一緒に来てくれる?お城」 「…は?」 ただでさ渇いている喉が更に渇いていくのを感じる。次何かを喋ったらきっと咳が出る。血も混じるかもしれない。けれどここで断らないと面倒な事になると俺の感が告げていた。だから口を開こうとするのに、目の前の貴族は俺の口を片手で覆って喋ることを封じた。 「来てくれるよね?まさかスラムの子供がのお願いを断る訳無いよね。君みたいな賢い子なら尚更」 口角は上がったままなのに目だけが細くなる。声の温度も変わらないのに、何故か触れられた箇所からどんどん体が冷えていくような気さえした。 雑踏すらも聞こえず、自分のやけに煩い心臓の音だけが頭の中に木霊していつの間にか俺は首を縦に振っていた。

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