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目が潰れそうなほどの明るい照明に、その光を浴びてキラキラと輝く天井や壁にあしらわれた細工たち。 会場の一画にはこれでもかと言うほどに豪華な料理が並んでおり鼻腔を擽るいい匂いが腹を刺激する。 妖精のように着飾った女性たちがダンスフロアで舞い踊りそれをエスコートする男性も見るからに豪奢で華やかだった。 夢のような世界だと、そう思った。 「……すげえ」 生まれて初めて着る手触りの良い清潔な白い服と土の感覚がわからない程にちゃんと靴底のある靴を履いて、俺は今パーティー会場に来ていた。 (「大丈夫大丈夫!言われたドリンク渡して敬語で居ればなんとかなっちゃうから!じゃ、よろしくーっ」) 靴磨きに来ていた筈が、ハイエナの獣人トレイルに殆ど無理矢理城に連れて来られた俺はあれよあれよと言う間に風呂に入れられ身体中を磨き上げられて変な匂いのする香水を振りかけられて、とりあえず身なりを整えさせられた。 給仕係にしては豪華過ぎないかと思ったが周りを見ても俺と同じ服を着た男が何人か居るのを見かけて給仕も豪華なのか、と驚いた。 ほとほと住む世界が違うということを実感しながらトレイルから言われた通りにドリンクや食事の世話をする。意外に思われるかもしれないが、俺はそこら辺はそつなくこなせたりするのだ。 理由はやっぱりジイさんなんだけど、あの人は本当に不思議だ。スラム生まれじゃない事は確かだけど、俺たちは過去を知りたがらない。だから俺はあの人がスラム街では抜きん出て賢いジイさん、と思う事にしていた。 「そこのあなた、葡萄酒を持ってきて頂戴。赤がいいわ。メインディッシュに合うものよ、わかってるわね?」 「かしこまりました」 そうこうしている内にまた貴族のお嬢様からドリンクを頼まれて俺はドリンカーへと向かう、その途中俺をここに連れて来た張本人とばったり出会して俺は目を丸くした。 「やーっぱりボクの見立ては間違って無かったねぇ。ちゃんと仕事できてるようで何より!あ、そのドリンクってあの子のやつだよね?持って行ってあげるからさ、ソロ君はちょっと休憩しておいでよ。周りにはうまく言っとくからさ」 ウィンクを華麗に決めたトレイルは俺の手から赤ワインの入ったグラスを奪い取り煌びやかな世界へと消えて行った。 また口を挟めなかった。 そう思いながら俺はあいつの言葉に甘えて休憩を取る事にした。 あれだけ怪しいと思っていたバイトだが、入ってみれば純粋に人が足りなかっただけらしい。ど素人の俺が分かるほどにばたついており、厨房に至っては料理長であろう男の怒号が響き渡っている。 「…なんでこんなに人がいねえんだろ」 普通王宮といえば人で溢れかえっているものだ。王宮に仕えていたと言うだけでそいつの人生のグレードは変わってくる。花形と言っていい場所なのに、なぜだろう。 「……聞いた?やっぱり来てるらしいよ、悪魔」 「嘘でしょう?私客人付きだけどそんなの居なかったわよ?」 「噂じゃ隠してるらしいわよ、髪とか」 「…嫌ねぇ、隣国の呪いの悪魔が来てるなんて考えただけでゾッとするわ」 「おかげでみんな怖がって一斉に休むし辞めるんだもの、たまったもんじゃないわ」 休む場所を探そうと適当に歩いていたら聞こえた声に足を止める。どうやらこの城で働くメイドのようだが、話している内容は中々に興味深くて思わず柱の影に耳を潜めて聞き耳を立てた。 「あの悪魔が生まれてから隣国は大干ばつが始まったとか」 「私は雨が止まなくて大洪水になったって聞いたわ」 「疫病も流行ったとか!」 「そこまで来ると悪魔じゃなくて死神じゃない。本当嫌になるわ。どうせ隣国も厄介払いしたくて悪魔を連れて来たのよ」 あまりの言われ様に悪魔と呼ばれるこの人手不足の原因に同情しそうになるが、それと同時にこのメイド達は幸せなんだなとも思った。 今メイドが口にした言葉はスラム街では良くある事だ。 「……やっぱ、住む世界が違うわ」 羨ましいと思う事はやめた、生活を良くしようと思う事も、何かを為そうとする事も。諦めればそれだけで楽になる事を俺は嫌と言うほど知っているから。 聞くだけ惨めだと柱から離れようとしたとき、耳の先端に電流が走る。 「ここのメイドは随分とお喋りが好きらしいな」 地を這う様な甘い低音に、音だけでわかる威圧感。メイドが焦ったような匂いを出すのとは正反対に、嗅いだことのない甘い香りが俺の身体をその場に縛り付けた。

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