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01ー4
砂糖を煮詰めたような匂いだった。
甘くて、でも少し苦くて、だけどどうしようもなく惹かれる匂い。
本能がこの匂いが欲しいと悲鳴を上げる、けれど理性が今の自分の状態は異常だと警鐘を鳴らした。
「人の噂話は楽しいか?」
声が耳に届いた途端今度は体温が上がった。全身が発火しそうな程熱くなるのがわかる。
「悪魔に、死神か。どうやら俺の噂は獅子の国にも届いているらしい」
はっ、と心底人を馬鹿にしたように笑う声に少しだけ耳が動いた。
メイド達は口々に謝罪を述べてその場から走り去っていったが、俺はその事にも気がつかなかった。
「…死神…?」
口から出た声はあまりにも掠れていて、そうなってようやく自分の喉があり得ないほどに渇いている事に気がついた。おかしい、こんなの知らない、と感じたことのない体の異常に息が上がるが、理性か本能か、そのどちらもか、絶対にバレてはいけないと俺に訴えていた。
溶けそうな感覚を殺すために俺は自分の腕に思い切り噛み付いた。
途端に走る鋭い痛みと鉄の味に幾分か頭が冷静になる。
「…逃げなきゃ」
「どこにだ」
来た道を戻ろうとした瞬間すぐそばで聞こえた声に心臓が嫌な音を立てて軋んだ。
逃げろ、欲しい、でも逃げろ、そんな言葉が頭の中を駆け巡るのに俺の体はその声を聞いた途端その場に縫い付けられた様に動けなくなっていた。
「どこに逃げるのかと聞いている。この王宮の召使はまともに話せないのか」
脳を揺さぶられている様な感覚が容赦無く襲ってきて、口から遂に堪えきれない息が漏れた。すぐに歯を食い縛り血の滲む腕に爪を突き立てるが痛みが弱い。
なんで、どうして、まともに物が考えられない頭で必死に思考するがとてつもない匂いに体がどんどん動かなくなる。
「…、お前発情期 か」
発情期 、その言葉を理解した途端嫌悪感で全身が総毛だった。違うと否定するために顔を上げた瞬間、俺の中の何かが外れた気がした。
「っ、なんだ、この匂いは…!」
「…ぁ、う、…何、これ…、なんで、」
綺麗な宝石の様な目と視線が絡んだ。気が付けば俺は壁に押さえつけられていて、そこから先はよく覚えていない。
ただ、ずっと欲しかったものを手に入れた様な、そんな感覚がした。
甘い匂いに包まれた途端意識を飛ばした俺を、男がどんな目で見ているのかも知らずに。
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