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01ー7
「…あ"…?」
「だから!その子はボクが連れて来たんだってば!!あー、いいから離す!」
どこかで聞いたことのある声が俺の首を絞める男の手を払い退けた。
急激に酸素を取り込んだせいで激しく咳き込む俺の背を撫でるやつの方を見てみれば見覚えのあるオレンジの髪に目を丸くする。
「、トレイル、さん、」
「そう、トレイルだよー。あー、ほんとごめんまさかこんな事になるなんて夢にも思ってなくてさ。君がΩだってわかってたら…。…そうは言っても無理矢理連れて来たのはボクか、ほんとごめん」
「…お前が連れて来た…?」
未だに肌が剥き出しの俺に気がついたトレイルがなんとも言えない顔をして俺の体にシーツを巻きつける。その時今まで沈黙していた男が口を開く。
「…そうだよ、ボクがスラムから連れて来た。この子は本当に何も知らない。君のことだって知らないはずだよ」
「偶然居合わせたとでも言うのか、俺の気配を感じた途端に発情したこいつが」
「ヴァイス、君だって知ってるはずだよ。高位のαはΩにとって劇薬だ。ましてこの子はスラム出身で、αに関わった経験は勿論少ないはず。免疫や構えが出来ていない状態で君レベルのαが近くにいたら気配だけで箍が外れることだって」
「有り得ない。俺は抑制剤を打っていた。それなのに、」
「……あの」
呼吸も落ち着いて視界も明るくなって来たところで空気を一切読まずに発言した俺に二人の視線が突き刺さる。方や申し訳なさそうに、方やゴミでも見る様な目で俺を見てくるものだから思わず笑ってしまった。
「勘違いだってわかったんなら帰っていいですか?トレイルさんが言った様に俺はスラムの貧乏人でここのバイト募集で無理矢理連れて来られただけ。あんたらみたいなやんごとない奴らの事情なんて知るかよ。ホント、貴族ってロクでもねえな」
突然笑い出した俺を二人して怪訝な表情をして見ていた。
暴力を振るわれた時とは違う痛みが全身を襲うが動けないことはない。体に巻きつけられたシーツを解いて床に投げられている服を適当に拾って着替えていく。
「ま、待って待って、ソロくんちょーっとまって、ちょっと落ち着いて」
「俺は落ち着いてる。確かに俺には発情期 が来た。あんたらが話してた通りだよ。けど、俺だって好きであんな事になったんじゃない。まあ、白い人には悪いことしたよ。ごめんな俺みたいなΩの中でも劣等種の相手させて」
俺が普通に生きているだけじゃ絶対に手に入らない様な服を着て、生まれて初めてと言っていいほど清潔な寝床で朝を迎えた。そして味わっている慣れた感覚に笑いが止まらなかった。
「あーでも病気とかは持ってないから安心してよ。俺ガリガリだったでしょ?飯とか食えないからさ、だから昨日のあれが初めてなんだわ。はは、つってもお貴族様にはどうでもいいことか。あ、トレイルさん、この服貰ってくね。売れば当分飯には困らなさそうだし。それじゃ、失礼しましたー」
久しぶりに腹の底からイラついて、相手がどこの誰かもわからずに言いたいことを言って俺は窓から飛び出した。案外高かっただとか、後ろから切羽詰まった様な声が聞こえるとか、そんなものもどうでもよかった。
ただただ、今は一刻も早くスラム街に戻りたかった。
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