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01ー8

あれからどうやって帰ったのか覚えていない。 ただ家に着いた時俺はこのまま過呼吸で死ぬんじゃないかってくらい息が荒くて、信じられない程の汗を流していた。折角売れるかもと着て来た王宮の服も所々破けてしまっていて売り物にはなりそうもなかった。 酷く、惨めだった。 「…ソロ、帰ったのか」 「、ジイさん」 壁に背を預けて座り込んでいた俺の上に影が掛かる。匂いや気配でそれが誰かはわかっているのに、声を聞いた瞬間一気に安心感が湧き上がり今になって体が震え始めた。 「ソロ、どうした。何かあったのか、」 嗄れた声が心配の色だけを乗せて語りかけて来る。味方がいる、そう思えるだけで俺の目からは次々に涙が溢れ出て、それが自分でも信じられなかった。 くしゃりと自分の前髪を掴むと、袖から覗く手首に自分の噛み跡があり夢ではないのだと、あれは現実だったのだと無情にも突きつけて来る。 「…発情期( ヒート)が来た」 「…!……そうか、」 「…うん、」 乾燥でカサついた指が俺の頸に掛かった髪を払い、そこになんの痕もないのを見て息を吐く音が聞こえた。 「…何か予兆はなかったのか?体が熱いとか、だるいとか、そういうものは」 「無い。気配だけで、体がおかしくなった。匂い嗅いだら、もう、訳わかんなくなって…!」 思い出しただけで嫌悪感で吐き気がする。 だがそれと同時に感情や思考とは別の場所が泣き叫んでいる様な感覚もした。自分が自分ではなくなる様な気がして、俺は髪をぐしゃぐしゃにかき乱す。 「なんで、なんで、あんなの…っ!」 「落ち着きなさい。まずは息をちゃんと整えるんだ。吸って、吐いて、…そう、そうだ。いいぞ」 狭い空間に俺のやけに荒い息遣いが響く中爺さんはただ俺の背中を撫で続けてくれていた。 きっとこういう事に慣れていないんだろう。その手つきのぎこちなさがおかしくて少しだけ気分が浮上する。 「…ソロ、気分は落ち着いたか?」 「だいぶ。ありがとうジイさん」 「…そうか。…ソロ、お前今何か体に違和感はないか?」 呼吸が落ち着いても背中から手が離れる事はなく、むしろそこから伝わる温度が俺に微かな不安を覚えさせた。 「例えば意志とは関係無く感情が不安定になったり、体の中、まあこれも感情だな。とにかく気持ち悪さを覚えたり、そういうのは」 「…ジイさんってなんでもお見通しなわけ?なんでわかんの。あいつに会ってから体が俺のじゃないみたいなんだ」 「……、」 背中から手が離れ、代わりに俺と目線を合わせる様にジイさんがしゃがむ。深く皺が刻まれた顔に、賢そうな目で見られてなんだか居心地が悪い。 「ソロ、少し話をしよう」 ジイさんが俺と目を合わせる時は何か大事な話がある時。俺はまたしても不安が的中する予感がした。 「…運命の番、というのを聞いたことがあるか?」 ああやっぱり、あたってしまった。

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