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昔、大昔の御伽話。 獣人族の間で語り継がれている夢物語、それが運命の番というものだ。 神によって決められている唯一。出会えばその瞬間互いが人智を超える力によって結ばれる。 意思も何もあったものじゃない。 俺はそれを幼い頃からこう思っていた。 まるで呪いだと。 「…俺とあいつがそうだとでも言いたいの、ジイさん」 「可能性の話だ。儂はその場にいた訳ではないからな。見ていたらまた違ったのだろうが」 「…あり得ない。本当にそれなら、俺はここに帰って来てない筈だ。会った瞬間から離れる事は出来ないんだろ、運命の番ってのはさ」 「ああ、そのはずだ」 じゃあ違うじゃないかと鼻で笑いそうになった俺をジイさんは未だに真面目な顔で見ていた。 「だが、普通気配だけでは発情期(ヒート)は来ない。お前の様に成長しきっていない個体なら尚更」 ありえないのだ、と更に続けるジイさんに顔から血の気が引いていくのを感じた。けれどぶんぶんと首を振り自分の頸に触れ、何もされていないそこに爪を立てた。 「じゃ、じゃあなんで俺は噛まれてないんだよ…?おかしいだろ、本当にそうなら、なんで」 「不完全だったんだろう、お前も、お前の番も」 「番じゃねえ!!」 思い出すのは圧倒的な美貌と、俺を見る目。 「あんなのが番だなんて、冗談じゃねえ…っ」 あの男は、ずっと俺を見ていた。 俺達をゴミとしか思っていない、街の連中と同じ目で、ずっと俺を見ていたんだ。 首にはあいつの手形が残っている。あいつは俺を本気で殺す気だった。 劣等種の俺の代わりなんていくらでもいる、一人消えたとしても誰も気にも止めない。あいつの目は、そんな目だった。 「ソロ、泣くな。色々あったばかりなのにすまなかった、今日はもう休め」 「同情なんかすんなよ…。なに、ジイさんも俺が可哀想って思う訳?スラム街で生まれた上にΩで、貴族に良い様にされた俺を可哀想だって?」 「ソロ」 「劣等種なんだってさ、俺。出来損ないなんだよ」 いつの間にか溢れていた涙にもう笑う事しか出来ない。今更馬鹿にされて泣くようなプライドなんて持ち合わせていない。 それなら、この涙はなんなのだろう。 これがもし、本当に運命の番というやつのせいなら、 「…呪いじゃんか、こんなの」 匂いを嗅いだ瞬間、堪らなく幸せだったのだ。 混乱する思考を置いてけぼりにして身体があの男を求めたんだ。 本当はわかっていた。 全部わかっていたんだ。 でも、受け入れる事なんて出来なかった。 頸を噛まれていなくて本当に安心したんだ。 だって俺はあいつの言う通り、劣等種だから。

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