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01ー10
あの日から数日経った。
運命の番というのは離れ離れになったら死ぬなんて逸話もあるから構えていたけれど、そういや頸噛まれてないわと思い出してそんな思考も放棄した。
だから俺は今日も都に靴を磨きに来ている。
ジイさんからは猛反対されたが働かざるもの食うべからずで、本当に働かないと飯が食えないので断固拒否させてもらった。
その代わり場所を変えろと耳にタコが出来るほどに言い聞かせられ今日は仕方が無く何時もとは違う場所で客を待つ。
着慣れたボロ布のフードを目深に被って出来るだけ客の目を見ず、顔も見せない様にしながら磨いていく。
「昨日のパレード凄かったなぁ。さすが友好国のお帰りって感じだった」
「今回来てたのって王子と王女だろ?噂じゃ悪魔も来てたとか」
「馬鹿、噂だ噂。その証拠に何時もと変わんねえ平和な日々過ごしてるじゃねえか」
磨きながら聞こえて来た会話に心臓が嫌な音を立てる。
あいつがもういない、そう考えただけで脈が早くなって勝手に息が上がる。感情が黒く塗りつぶされそうな感覚にのまれまいと息を吐いて思い切り唇を噛んだ。
獣人特有の鋭い牙によって唇は簡単に裂けて鋭い痛みと共に嫌な温度と鉄の匂いが口の中に充満して、そこまでしてやっと正気を保つことが出来る。
「なあガキ、お前はパレード見たか?スラムからでも花火の音くらいは聞こえるし、見える場所だってあるだろ?」
「…見てないです」
「マジかよ。あんな豪華なパレード多分この先一生お目に掛かれねえぜ。損したなぁ」
程よく酒が回っているらしい身なりの整った男は可哀想だからと多めに金をくれた。普段なら良客だと喜べるのに、俺の尻尾はだらりと垂れたまま。
紙幣もただの紙切れにしか見えなくてまだ痛みの残る唇に再度牙を突き立てた。
「……期待でもしてたのかよ、バカだろ。本当、冗談じゃねえや…」
頭ではあの男と二度と会うことはないとわかっていたし、それが当たり前だとも思っていた。あり得ない出会いだったんだ。俺とあの男は本来会うべきじゃなかった。
頭ではそう理解しているのに、心の奥底で泣き叫んでいる自分がいる。
それがどうしようもない程に気持ち悪くて、苛立たしくて、苦しい。
「…帰ろ。今日はいいもん食えるかも」
ぶんぶんと頭を振って何度か深呼吸を繰り返し、フードをとって空を見上げた。
空だけはスラムで見るものと同じで、今日も綺麗なオレンジ色に染まった雲を見ていると少し気が楽になった。稼いだ金をポケットにねじ込み帰りに市場に寄ろうと踵を返した途端誰かにぶつかりマズい、とすぐに距離を取ろうとしたがそれよりも早く腕を掴まれて俺は目を丸くした。
「み、見つけた…っ!!」
艶やかなオレンジ色の髪が同じ色合いの夕陽に照らされてやけに綺麗で、でも俺にとってこいつは死刑執行人に等しかった。
「、なん、で、」
もう二度と合わないと思っていたあの男とのきっかけに、俺は全身から血の気が引いていくのを感じた。
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