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02ー9
「…いいか、小さな子。憎しみは人を強くする事もあれば、弱くする事もある。簡単にヒトを嫌いになるな」
ジイさんと出会ったのは俺がまだまだガキで、争いの絶えない常に飢えと渇きに喘ぐスラム街の路地裏で死にそうになっていた時だった。
その日やっと手に入れた食料を街にうろつくゴロツキに奪われて口から血が出るほど殴られて、蹴られてやっと死ねるのかな、なんて思いながら仰向けになって空を見ていたんだ。
「生きているか、小さい子」
スラムではまず聞かない落ち着いた理性のある声だったのを覚えている。伸ばされた腕は白くて、細くて、貴族みたいだと思ったけど顔に触れた指先があまりに荒れていて、この人は同類なのだと思った。
「…放っておいてよ、おれ、ようやく死ねる」
「…お前は死にたいのか」
「………うん」
カビと埃と何かが腐った臭いのする場所が死に場所だなんてお似合いだって俺は思ったんだ。それにジイさんが抑揚のない真っ直ぐな声でそうか、と呟いたのを俺は良く覚えている。
だけど衝撃的だったのはその後で、ジイさんは生憎だがそんな傷では死ねないぞと言って俺が何故死ねないかを懇々と説明し出したのだ。
思えばそこからだった、俺とジイさんが一緒にいる様になったのは。
毎日一緒で、俺が金を稼いでジイさんは俺に勉強を教える。ジイさんは笑えるくらい腕っ節が弱くて、身体もひょろひょろで、スラム街では枯れ木って呼ばれてた。
なんで俺が今こんな事を思い出してるかって言うと、ただ単にそんな気分だったから。
俺にとってのジイさんが、アイツにとってのリドさんだったのかもしれない。
「…元気かなぁ、ジイさん」
ヒョロヒョロの癖に意外と逞しいジイさんだから、きっと元気にしている筈だ。
頭の中でジイさんが勝手に殺すなと言っている姿を想像して僅かに笑う。こんな状況でも笑える自分にやっぱ図太いなあと思いながら俺は目の前にあるやけに豪華で重厚な作りをしている扉を開けた。
部屋の左手、窓側に置かれている部屋に見合ったシンプルだが高級感溢れるソファに腰掛けてぞんざいに足を組み本を読んでいたそいつはノックもせずに入ってきたやつを見るために目線を上げ、その先に居るのが俺だとわかった途端に目を険しく眇めた。
「消えろ、劣等種」
驚くでもなく、ただ不愉快そうに吐き捨てる姿にどこか安心してしまった自分が居て思わず笑ってしまった。
そんな俺に気味が悪そうに眉を顰めるクソ野郎は得体の知れないものを見る様な目で俺を見ている。俺も同じように見て、左手に包帯が巻かれているのを確認し息を吐いた。
「ちゃんと医者に診て貰ったんだな。偉いじゃん」
「……は?」
「なあ番殿、話そう?俺アンタの事すっげえ嫌いだけどさ、でも理由なく嫌えないんだわ」
「……頭でも沸いたのか」
「いや?今までで一番冷静。だから部屋来ても発情してねえじゃん」
開けっ放しも何だなと扉を閉めてアイツの方へと一歩近づくとその途端匂いとは違う圧迫感が身体を襲う。何度当てられてもαの怒気は恐ろしくて足が竦む、けれど冷や汗を流しながら俺は一歩足を踏み出した。
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