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02ー10
吐きそうなほどの威圧を与えられて呼吸が上がり手足が震える。
獣としての格の違いを違いを感じながらまさしく虫の息といった様子でクソ野郎の前に立つと体中を縛っていた威圧感がふっと消えて代わりに胸元の服を握られてそのままソファに押し付けられた。
淀んだように濁っても、それでも綺麗な紫色と目が合う。
「…気色悪い。一体何を企んでやがる」
「何にも。普通に話したいだけ」
「………俺はお前と話す事なんて何もない。消えろ」
乱暴な手つきで服から手を離されて俺の体からあいつの重みが消える。
「じゃあなんで助けたんだよ」
ソファの背もたれを握り上半身を起こして俺から離れていく背中に問いかけた。
「あれ、確実に俺を狙ってた。あのままお前が来なきゃ俺は今頃首と体が別々になってた。でもそれってお前からしても願ったり叶ったりだったんじゃねえの。俺は劣等種で、お前が望むようなΩじゃない。番の契約が成立してない状態なら俺が死んだとこでお前にはダメージなんてなかっただろ。…あー、むしろプラスか」
言葉を続ける中であいつは大きなため息を吐いてベッドに腰掛ける。
とてつもなく不愉快そうに歪められた顔を見るとどうやら話は聞いていたらしいと納得してアイツからの言葉を待つことにした。
「……兄上の手をお前ごときの血で汚すわけには行かねえからな」
ふん、と鼻を鳴らして見下すような目で見てくるアイツにまた内側からいやな気持ちが迫り上がるがなんとか耐えようと唇に歯を当てた。
「助けられたとでも思ったのか。随分と都合の良い頭をしているなぁ?お前みたいなスラム育ちのクソをこの俺が気にかけるとでも?」
クツクツと喉を鳴らして笑う白くて綺麗な男は徐にベッドのシーツをまくって見せた。
「流石飢えたヤツは違うな。勝手に勘違いして、王族である俺と対等であろうとする。飛んだ笑い種だ。そうだろう、」
胸の奥で、何かが軋む音がする。
「――トレイル」
そこにいたのは服を纏っていないオレンジの髪の獣人だった。
「……ほーんとヴァイスって趣味悪いよね。内緒だって言ったじゃん」
「は、知るかよ」
俺のことなんて見えていないようにトレイルはアイツの背中に抱きついて聞いたことがない甘い声でアイツに囁く。その腕を嫌がる素振りなんて一切見せずに、笑みすら浮かべてその存在を受け入れたヴァイスを見てどんどん体が冷えていくのを感じた。
「劣等種はただガキを産ませるためだけの道具だ。…番がお前ならよかったのにな、トレイル」
「ヴァイス…」
二人の顔が近づいていくのを見た途端、俺はアイツの部屋から飛び出していた。
心が割れる音がする。砕けて、散っていく音がする。
ああ、もういやだ。
無我夢中で走って、走って、外に飛び出した。
周りが止める声なんて聞かずにさっき見た光景を消すように走る。
こんなの違う、おかしいと心が悲鳴を上げて目の前が涙で霞んだ時、嗅いだことのある香りが俺の前に現れた。
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