40 / 155

03ー8

まずはニイの行きたい場所からだ、と足を進めた先に見えたのは古い石造りの街並みの中にある一軒の本屋。いかにも、と行った眼鏡をかけた少し眉間に皺を寄せた年配の熊の獣人が店主なのか、軒先で本についたホコリを羽ぼうきでぽんぽんと払っていた。 「…なんだニイ、今日はいっぱい連れてきたな」 店に近づく気配に気がついたのか目線をこちらに向けた店主は俺を見てあからさまに顔を顰めたが両手を握っている子供たちを見るとそのいかつい顔をふにゃりと崩す。 どうやらニイはここの常連らしい。 「こんにちは!オレの双子の姉ちゃんのイチと、兄ちゃん!」 「…はて、イチちゃんは街で見かけるが、兄ちゃんとやらは初めてだなぁ」 子供たち相手にはデレデレだが、どうも俺には手厳しい。確かに顔も尻尾も見せないようにしているやつが子供を連れていたらみんな良からぬことを連想するよな、と息を吐く。 「…イチ、ちょっとだけ手離せるか?」 「んーん、大丈夫。…あのねおじいさん、お兄ちゃんはジイちゃんの友達なの!」 何が大丈夫なのだと問いかけようとした矢先イチの口から出たジイさんの存在に店主の雰囲気が変わるのがわかった。何事だろうかと目線を上げるとなんともいえないような難しい顔をした店主がそこにいて、俺は思わず首を傾げた。 「…の友達、か」 「……あの方…?」 「いや、気にするな。ニイどんな本がいいんだ?」 何事も無かったかのようにニイに話しかけて店内に消えていった老人を見て胸の内に小さな引っ掛かりができた。脳裏に浮かぶのはただ一人だが、この引っ掛かりを追求できるかと自分に問いかけても答えは否しか出ない。 過去は探らない、それが俺とジイさんの暗黙の了解だから。 「今日は兄ちゃんに決めて貰うんだ。ほら兄ちゃん早く入ろ、ここすっげえいっぱい本あるんだ!」 「あ、そんなに引っ張ったらダメだってばー!」 グイッと腕が引っ張られて思わず前につんのめるがどうにか耐えて興奮から尻尾を震わせるニイを見て笑ってしまった。 「お前本好きか?」 「好き!物語も、歴史のやつもなんかいじん?のやつも好き。あ、オレが好きなのはこのシリーズなんだけど、」 止まらずに語り出すニイと、お姫様と王子様の恋物語に夢中になっているイチ。いつの間にか空いた両手になんだか寂しさを覚える。ニイの声を聞きながら目線を本のタイトルに滑らせているとある一冊が目に留まった。 作者はリドリウス・ラルゴ。リドさんと名前が似ているなと、そんな思いでその本を手に取ってハードカバーの表紙を捲る。 目に映ったページに一瞬息をするのを忘れた。 「兄ちゃん?」 「、ああ、悪い。お前の本だよなー、」 パタンと本を閉じて声のした方を見ると不思議そうにしているニイと目があって俺は慌てて笑みを作った。その本をしっかりと持ったまま今度こそ俺はニイのために本を選び始めたのだが、予想を越える圧倒的蔵書数に難航し、最終的に選んだ本を三つも買うという事態になってしまった。 買った本を両手で抱き締めて歩くニイの姿を見てしまえば出費がどうのなんて概念は吹き飛んでしまう。次は私のところねと意気込むイチと手を繋いで今度は菓子屋の方へと歩き出す。 片手に持った袋の中にはリドリウス・ラルゴの本が入っていた。

ともだちにシェアしよう!