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03ー11
「夜ご飯がケーキになってしまったな」
あれから本当に机がお菓子だらけになったパーティが始まり匂いだけで満腹になりそうな中子供たちとジイさんは嬉々としてケーキやクッキーを口に運び幸せそうにしていた。
瞬く間に消費されていくそれらを見て俺も慌ててケーキを一口頬張り、その贅沢な甘さとけれどしつこくはないしっとりとした食感やフルーツの瑞々しさに思わず耳がピクピクと反応してしまった。
そんな俺の反応を見たジイさんが心なしかドヤっとした顔で俺を見てうまいだろうと問いかけてくるが口元がクリームで汚れているのがあまりにおかしくてその直後まで胸の内に巣食っていた緊張や困惑が綺麗に消えてしまった。
そこからは最早争奪戦と言っても過言ではない時間が繰り広げられ、あれだけあった大量のケーキやクッキーはものの見事に俺たちの腹に収まった。
食後の紅茶を楽しみながら満腹になって眠たいと言い出した子供たちを急いで風呂に入れて歯磨きをさせ寝かしつけた頃にはすっかり日は暮れていて、どっと疲れたなと思いながらパーティをしていた部屋に入るとそこには椅子に座って窓をの外を見るジイさんがいた。
満月を眩しそうに目を細めながら見るジイさんの隣に座ってまだ残っていた紅茶を飲みながらボソリと呟かれた言葉に小さく頷いて返す。
「……なあソロ、ここはいい国だろう。飢えに苦しみ渇きに喘ぐこともなく、殴られも蹴られもせず、媚びずに一人のヒトとして生きていけるこの国は」
そのまま続けられる言葉にビクッと体が跳ねて、それを感じたジイさんの目線が俺の方へと移る。柔らかく細められた目に、少しだけ緩く弧を描いた唇に俺は覚悟を決めなければならないのだと悟った。
「……受け入れるのは怖いな。…分かるよ。お前は特にそれを怖がる子だ」
ジイさんはきっと問い掛ければ答えてくれたのだろう。自分が何者なのかも、どんな生き方をしてきたのかも、俺が聞いていればちゃんと答えてくれた。
ただそれを聞かなかったのは、いつも一歩引いて境界線を作っていたのは俺の方だった。
「親しくなったものがいなくなるのも、裏切られるのも、とても辛い。…お前は幼い頃からその環境下に居た。だからお前はヒトの内側に踏み込むことも、踏み込まれることも嫌う。…自分が傷付かないように、…お前に関わったものがお前を思い出して傷つく事がないように、お前はいつでも一人でいる事を選んだ」
静かに語られる言葉はじんわりと俺の内側に染み込んでいく。
きっとスラムにいた頃の俺なら難しい事言うなよとでも言ってジイさんの言葉を遮っていただろう。けれど、今の俺にはそんな事出来そうにも無かった。
「…あの時、お前が城から帰ったあの日、ちゃんと話を聞いておくべきだった。そうすれば、少なくともお前はここまで傷付く事はなかった。…すまない、本当にすまなかった」
鼻の奥がつんと痛くなり、息がうまく吸えない喉からはか細い喘ぎのような声が漏れた。
違うと、そう言いたいのに喉が張り付いたように言葉が出てこない。ジイさんが謝ることではないのだと、違うんだと、首を振ることでしか意思表示出来ず、どんどん苦しくなる呼吸に胸を押さえた。
頭の中がぐちゃぐちゃで、嫌な思いを振り切るように自分の腕に爪を立てようとした時がたんと椅子から立ち上がったジイさんが俺を抱き締めた。
その瞬間、今まで俺の中でずっと泣いていた呪いが俺と重なる感覚がした。
「…ソロ、大丈夫だ。大丈夫だから、ちゃんと息をしなさい」
「…、踏み込もうと、したんだ」
ボロ、と目から雫が垂れる。
みっともないくらいに声が震えて、怪我もしていないのに胸が切り裂かれるように痛んだ。
「…」
「あいつが悪いヤツじゃないかもって、そう思ったから、話そうとしたんだ…っ」
思い出すのはヴァイスとトレイルの姿だった。思い上がってしまったのだと、理解した。運命だから、助けてくれたから、そんな希望をもってしまったのだ。
「…俺、馬鹿だから、話せば仲良くなれるって思ってた。だけど、そうじゃなかった」
俺から手を伸ばせばいつだって振り払われていたのに、トレイルの腕は振り払われなかった。
そんなの、当然だ。
「最初から、俺なんていらなかった。…子供を産む道具だって、俺じゃなくて、トレイルが番なら良かったのにって、……俺なんかが、必要とされる訳ないのに…っ」
涙は一向に止まらずにしゃくり上げるようにして言葉を続ける。
俺を強く抱きしめるジイさんからとても強い怒りの匂いを感じたけれど、俺は小さく首を振った。
「…でも、もういい。…もういいんだ」
「…ソロ…?」
「…もう忘れる。全部、なかったことにする。それが一番いいんだ」
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