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04
運命の番とは誰もが知っている御伽話で、けれどαとΩならば一度は憧れるものだった。
自分の半身、魂の片割れ、唯一。
そう聞けばそれこそ間違いなくその二人は神によって結ばれた二人で、それはそれは羨むほど愛し愛されて一生を添い遂げて暮らしていくものなのだろうとすら思った。
けれど、現実はそんな事はなかった。
己の意思すら関係なく突然現れた運命に全てを縛り付けられる。
理性が吹っ飛び気がつけば腰を振って、終わった頃には頸には噛み跡が残っていた。
αは大抵こう言うのだ「愛しい運命、漸く会えた」「愛してる」「運命だ」「君に逢えた私は幸運だ」…反吐が出るほどその言葉が嫌いだった。
体は運命を求めるように出来てしまった。けれど意思まではそうはさせない、と抗い続けた。
何が運命だ、何が、何が自分の半身だ。
どうして誰も疑問に思わない?理屈じゃない?違う、誰もが運命だからと納得し思考する事を放棄しただけじゃないか!
自分の意思なんて関係なく番の匂いで発情してしまう自分の体が大嫌いだった。
運命だからと私の意思関係なく性交を迫ってくる番が大嫌いだった。
それに抗えない自分が、大嫌いだった。
そうしてどんどん自分が乖離 していくのがわかった。
自分が自分で無くなるような、何をしてもどこか自分自身を俯瞰して見るようになって自分に起きる事全てを他人事のように思うようになった。
そこを付け込まれたのだ。
「逃してあげようか?」
「誰にも気付かれずに遠くへ逃してあげようか?」
「大丈夫。私に任せてくれたら全てうまくいくから」
「あなたを助けてあげるよ」
まだまだ幼い、私の半分どころか4分の1も生きていない子供の言葉がその時の私には生きる縁だった。
助けてくれと縋り、私は三日もしないうちに番から逃げる事ができた。
最初はいつ見つかると気が気ではなかった。
けれど一月、三月、一年、と時間が経つにつれてもう大丈夫なのだと、あんな思いする必要はもうないのだと心の底から安堵したのを覚えている。
それから少し経った頃だ、ソロと出逢ったのは。
ソロと過ごした年月は瞬きの間に過ぎていった。聡明で聡いこの子と過ごす時間は楽しくて、それと同時に置かれている環境の劣悪さに幾度も絶望した。
ここもあの国と同じなのかと絶望したが、ただのΩである自分には何かできる筈もなくこのままこのスラムで朽ちていくのだと思っていた。
だが、皮肉なことにソロはヴァイス殿下の運命の番だった。
十年ぶりに感じた懐かしい匂いに一気に記憶が呼び戻され、不安に怯えるソロをなだめるがその手が震えていたことにあの子は気がついていただろうか。
「呪い」だと、ソロは言った。全くその通りだと思った。
だがその呪いから逃げる事は至難の技だ。特に私たちのようなΩならば、尚更。運命とは必ず引きつけ合う、例えどれだけ年月が経っていようと何方かが絶命してもその呪いは消えることなんてない。
だから私はあれだけ嫌っていた番のいる国に戻ってきた。
「……馬鹿は、私だったか…」
パタリとこの国に戻ってきてから何度も読んだ本を閉じる。
読み過ぎてもはや懐かしいとも感じなくなった番の文字も、その本に書かれた砂を吐きそうなほどの甘い文章も、そして私を愛していると、そう随所に綴られた本を嫌悪する事はもうなかった。
受け入れてしまえば、その勇気さえ持つ事ができればきっと変わる事ができるのだ。
だが彼がそれができなかった時は、この子を連れて逃げよう。
けれどこの子たちはまだやり直すことが出来る。
「…ソロ、私を嫌いになってくれるなよ」
もういいのだと全て諦めたように笑う、我が子のように愛おしい子を思えば今自分がしようとしている事は大きな御世話なのかもしれない。傷口に塩を塗る行為なのかもしれない。
けれど、このまま引き離すにはあまりに何方もが哀れだった。
日が暮れて満月が夜道を照らす中を歩く。
向かう先は前方に見える王城。面白いほどに手が震えて恐怖と緊張で喉が渇くがこの歩みを止めるわけにはいかなかった。
「止まれ、こんな夜更けに何の用…っ、」
「……夜分にすまない。リドリウス・ラルゴに伝えて欲しい。ソルフィが来ていると」
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