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04ー1

突然の大ニュースに王城内が色めき立つ。 喜ぶ者、驚く者、忌々しげに顔を顰める者、様々な顔をした者たちが記憶にあるよりも随分と痩せ衰え、かつての美貌が薄れてしまった人物を見た。 けれど毅然とした立ち居振る舞いや変わる事のない目の鋭さに誰もがその人があのΩなのだと納得せざるを得なかった。 「…随分と久しいね、ソルフィ」 「アルヴァロ様、お久しぶりに御座います。随分とご立派になられて」 「十年だからね、…ところで、どういう風の吹き回し?今更戻ってきてさ」 「お恥ずかしい話ですが、十年経って漸く番のもとに戻る決心が付きましたので出戻らせて頂きました」 「…へえ、お前がねえ…」 応接間に通され、目の前にいたのは金色の青年。随分と大きく、そして変わらず育った事だとソルフィは目を細めた。 表情は柔らかいままに面白いと思っているのか、それとも逆か、ただ珍しくアルヴァロの表情からは笑みが消えて探るようにソルフィを見ていた。 「……嗚呼、本当に受け入れちゃったんだ。つまんないなぁ。折角ヴァイスの希望を潰せたと思ったのに」 「…まだヴァイス殿下がお嫌いですか」 「……ふふ、うん。とても嫌いだね」 鷹揚に椅子に腰掛けて足を組み、長い髪を鬱陶しそうに払う姿はもはや王者の貫禄すら漂っていた。確かに幼い頃からアルヴァロは驚くほどに頭が良く、時期国王として彼ほど相応しいものはいないと言われている。実際にソルフィもそう思っていた。 ただ、ある一点だけがこの天才を狂気的にしていた。 「…なぜそれほどまでに殿下を嫌うのかお聞きしてもよろしいですか?」 「嗚呼、そういえば誰にも言ったことないなぁ」 アルヴァロはヴァイスの三つ上の実の兄に当たる。それこそアルヴァロは物心ついた時にはすでにヴァイスを疎ましいと思っていたきらいがあった。 最初は周りの大人の影響だと思っていた。色が違うというだけで全ての厄災の原因にされてしまったヴァイスを責める言葉に同調してしまったのだと。 けれどそれが違うと気がつき始めたのはリドリウスと共にヴァイスの教育係をしていた時だ。あの時既にアルヴァロは大抵のことは全て自分の判断で出来る様になっていた。 それが善なのか悪なのか、彼はもうちゃんと理解し判断できていた。 それなのに彼はいつでもヴァイスを冷たい目で見ていたのだ。 「アイツが一つだけ私より優れているから」 さらりと告げられた言葉を理解するのに暫く時間が掛かった。 否、理解出来ないと言った方が正しい。 「それ以外は私の方が圧倒的に優れているのに、それだけは私がどう足掻いても勝てそうになくてね。それが腹立たしくてしょうがないんだ」 クスクス、と笑っているのに刃物を首元に突き立てられているような緊張感に背筋に嫌な汗が伝う。 ソルフィの緊張感が伝わったのかアルヴァロは楽しそうに口角を上げて鋭い牙を覗かせた。 「……どうしていつもアイツばかり愛されるんだろう。ねえ、ソルフィ?」 すう、と獰猛な光を宿した夕焼けの色をした目に射抜かれて心臓を握られたような恐怖が全身を縛りつける。僅かばかり眉を寄せれば漸く見せたソルフィの表情の変化にアルヴァロは愉快そうに笑った。 「あは、本当にヒトらしくなっちゃったねえソルフィ。私は前の能面みたいな君の方が好きだったよ」 「……生憎、私は今の自分を気に入っております故」 「…そう」 低い声でただ一言そう返した男は次の瞬間には今までの殺気など嘘のように朗らかに笑って見せた。 「まあ、いいや。とりあえずおかえりソルフィ。我が国は君の帰還を歓迎するよ。またその知識を国のため、ひいては民のために我らに授けてくれると嬉しい」 音も立てずに椅子から立ち上がり長衣を翻して応接間からアルヴァロが姿を消した途端張りつめていた糸が切れたかのように椅子に座り込み全力疾走した後のように暴れる心臓を抑えソルフィは盛大に表情を顰めた。 「……あんの若造が」 舌打ちを一つして汗で張り付く前髪を乱暴にかき上げる様はソロが見れば驚きに目を見開く事だろうが、久方ぶりに感じた王族の横暴さとアルヴァロの歪さにソルフィはただ苛ついていた。 嗄れた声で呟いた数秒後、応接間の外が随分騒がしくなりよく知った匂いが近づいていることに気がつき今度は盛大に溜息を吐く。 次から次へと、と頭を悩ませている最中先ほど閉められた扉がけたたましく、それこそ蹴破られるかのような勢いで開いたと同時に迫った気配にソルフィは大きく息を吸い込んだ。 「――リドリウス、おすわりだ」

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