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04ー10
「はーい子供たち行ってらっしゃーい。しっかり勉強して来るんだよー」
やけに陽気な声が空いた窓から聞こえてきて、それでしっかりと目が覚めた。
理解できない状況に頭を抱えて、最近こういうの多いなと深く息を吐いて俺はベッドから起き上がった。
「行ってきまーす!」
子供たちの元気な声が聞こえる。アイツら順応性高すぎないかと朝から何だかどっと疲れてしまい床に放り投げられたままの本と枕を拾って元の場所に戻す。
それが昨日の出来事は夢ではないという事を伝えていて、俺は再び溜息を吐いた。
目の前が真っ赤に染まるほど感情に任せていたのに案外記憶はちゃんとあるもので、俺はゆっくりと着替えながら昨日の出来事を本のページを捲るように思い出す。
そうすればするほど口からは溜息が漏れたし馬鹿馬鹿しくて笑いすら出た。
「…今さら、なんなんだよ」
シャツのボタンを留めて着替え終わると脱いだ服を持って部屋の扉を開けた。
トントン、と一定のリズムで階段を下りる中で鼻に届くのは食事の香りで、ジイさんが作ったのかなと思ったが今この家にいる気配がするのはトレイルだけだった。
それに怒るでも苛つくでも戸惑うでもなく、ただ何も感じずに俺は洗濯をする為に外に出る。
「おっはよ、ソロ君」
嫌になる程晴れた空に輝く太陽の眩しさに目を細めて、いつもなら心地よいと思う風も煩わしいと思う程に俺はそこにいた男を見て一気に不快感に襲われた。
華麗にウィンクを決めて気味が悪いほどいつも通りなそいつを見てグッと眉を寄せる。
話す事すら億劫でその横を無言のまま通り過ぎるとトレイルが仕方がないなあと言うように肩を竦めるのが見えた。
「…無視かぁ。ま、いいけど。洗濯終わったら朝ご飯食べなよー?ちゃんとソロ君の分も作ってるからさ」
ひらりと片手を優雅に振って城に帰るのではなく家の中へと入っていったその姿に胃が痛むのを感じる。
昨日からの出来事があまりにイレギュラー過ぎて、暗くて重たい感情がどんどん腹の奥に溜まっていくような気がした。淀んでいく、そんな言葉がピタリと嵌る心境に言い様のない疲労が全身にのし掛かり起きたばかりだと言うのに俺はもうすでに疲れ切っていた。
それでも体は日々の習慣を覚えているもので、何も考えていなくても手は動いて洗濯を終わらせそれを干す。
それが終われば今度は井戸の水で顔を洗った。ピリッと痛むのは昨日打たれた頬で、その痛みもまた不快だった。
「朝ご飯食べれそう?て言ってもソロ君は食べた方がいいよねぇ。元がすごかったからさぁ」
「…出て行け。頼むから、もう俺に関わんな」
家に入ると入ったで嫌でもトレイルと顔を突き合わさなくては行けなくなり、そしてその明るくて何も考えていないような声があまりに不愉快で俺はトレイルの言葉を遮って絞り出すように声を吐き出した。
「…お前ら、本当なんなわけ。俺に恨みでもあんのかよ」
「無いけど、全く。むしろ恨まれるのはボクたちだよね。で、なんなのって言われたら、ボクは真面目にソロ君に謝りにきたんだけどさー」
扉の前で嫌悪感を露わにして言葉を発する俺を気にする様子もなくテーブルに食事を並べるトレイルの様子に頭に血が上るのを感じてまた怒鳴りそうになるのをグッと堪えて代わりに深く呼吸を繰り返して睨めばトレイルはそこで漸く俺を見て目を細めた。
「見るもの聞くもの全部敵だって思ってるヤツにボク頭下げたくないんだよね。今の君に話したってボク怒鳴られて帰らされちゃうでしょー?それはちょっと遠慮願いたいって言うかさ、馬鹿らしいじゃん?で、クールダウンの期間あった方がいいのかなーとも思ったけど、そうするとソロ君逃げちゃいそうだし、ボクがここに居なきゃクソ王子もソルフィさんも絶対ここに戻ってきちゃうじゃん?だからさー、提案なんだけど暫くボクをここに置いてくんない?メリットはボクがここにいる間は絶対にクソ王子もリドさんもソルフィさんも来ない。どう?」
口を挟む暇もなく続けられる言葉に、そして提案されたものにふざけるなと怒鳴ろうとするがそれはアイツの手に口を押さえられてできなくなった。
「それ以上叫んだら喉やるよ。不快なのはわかってる、ボクの気配があるだけで嫌だろうね。でも、こっちにもこのままじゃ引けない事情がある。…君の優しさにちょっとだけ付け込ませて」
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