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04ー12
「はーー、本当ずっとこのままあったかスローライフが続くと思ってビクビクしてたよボクー」
晩飯も食い終わり子供たちも眠ってしまい夜の静けさが耳に心地良い夜半過ぎ、いつも食事をとっていた部屋で俺とトレイルは向かい合う様に座っていた。
温かい紅茶の入ったカップを持ったトレイルが足を組み優雅にオレンジの髪を耳に掛けながら晴れやかな笑顔を浮かべるのとは対照的に、俺はこれ以上無いほど不機嫌そうに眉を寄せてじとりと笑顔の男を睨んでいた。
「あっはは、何その顔すっごいブサイク!」
「そりゃ元からだわ。で、聞いてやったんだからさっさと言えよ」
その顔を見たトレイルが噴き出すように笑って俺はそれに更に眉を寄せた。
俺のその言葉を皮切りにトレイルは笑みはそのままに居住まいを正して俺を見る。
笑顔のままなのに、それがこいつなりの話をする準備なのだとわかるくらいには俺は無意識にトレイルの事を知ろうとしていた。
だからコイツが今緊張していると言うことも、腹が立つことにわかってしまったのだ。
「…うん、そうだね」
ふう、と自分を落ち着かせるように息を吐いたトレイルは少し間を開けてから口を開く。
「…まずはソロ君の意思も聞かずに無理矢理獅子の国から誘拐して来てごめん。ヴァイスを止められなくてごめん。めちゃくちゃに傷つけて、それなのに図々しくまだ目の前に居て本当にごめんなさい」
ことりとカップをテーブルに置き、そこに額を擦るつもりなのかというほど頭を下げるトレイルの姿に俺は驚くことも、苛つくことも無かった。
ただ内側が掻き毟られるように苦しくて、その苦しさを逃すように天井を仰ぎ見て細く息を吐きながら小さく頷く。
「…ん」
「…ソロ君は何も悪くないんだ。悪いのは君を最初にあの城に連れて行ったボクで、君が運命だってわかってたのに手酷く扱ったヴァイスだ。…もう気付いてるかもしれないけど、ボクとヴァイスの間には何も無い」
ぴくりと眉が跳ねて目線を下げた。
そこには未だに深く頭を下げるトレイルの姿があり、俺は告げられた言葉になんて言ったら良いかわからずに無言のままただ胸のうちに巣食う激情を鎮めるように何度か呼吸を繰り返す。
部屋には夜の少し冷たい匂いと、俺の呼吸音、それとトレイルの苦しみの匂いが漂った。
「ただあの時はああするしかないって、そう思ったんだ。…今思うと、本当に最低な事をしたって、反省してる。…ちゃんと話せば良かっただけだったのに」
ゆっくりと顔を上げたトレイルの口元はやはり上がったままだったが、眉は下げられ薄く開かれた目は俺と出会った日のことを思い出しているのか何かを見ているようで見ていなくて、ただ頼りなげに揺れていた。
「ボクは、運命の番なら何があっても大丈夫なんだって思ってた。それが運命なんだって。…だから正直に言うと最初の頃は放っておけば勝手にくっつくだろうって思ってたんだ。それが当たり前で、自然なことだって信じてた。…そう、本気で信じてたんだ」
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