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05ー1
熱の中に微かな涼しさが漂っていた空気が夜になれば涼しさだけとなり、それが何日か過ぎれば太陽が出ている間も涼しさを感じるようになった。
季節は確かに過ぎていき家の窓から見える木々も徐々に鮮やかな緑から赤へと色を変えていく。
こんなにゆっくりと季節の変化を感じることのなかった俺はそうやって自然が変化していく様子を見るのがとても好きだった。
子供たちからはおじいちゃんみたいとからかわれたがそれでも好きなものはしょうがない。
さあ、と吹く風の中に夏の残り香と、そして忘れられない匂いが混ざって俺の嗅覚を刺激する。
かたんと木の擦れる音を立てながら椅子から立ち上がりゆっくりとした足取りで家の外に出るとそこにはアイツがいた。
「まぁた来たよ。やっぱアンタ暇だろ。暇なんだろ」
「俺が暇かどうかはトレイルに聞け」
不機嫌というよりは疲れ切った様子のこの国の第三王子は服に汚れが着くのも厭わずに庭に腰を下ろした。
本当に疲れているのだろう、目の下には隈があったしいつもは無意味に自信ありげに揺れる白と黒のコントラストが映える尻尾が本体と同じように地面にべたりと張りついていた。
そんな様子を眺めながら俺はソイツの斜め後ろ、といってもそれなりに距離があるところで同じように腰を下ろす。
こうやってこいつと僅かにでも会話が出来る様になるまで、それはそれは時間が掛かった。
トレイルからの提案を受けた俺は早速コイツと会うことになったのだが一目見た瞬間無理だと判断しキャンセル。
二回目はトレイル同伴で家に来たが俺が追い返したためそれもポシャった。
三回目は街で偶然出会った訳だがこれも俺が逃げ出したためカウントには入らない。
そんなこんなで俺が逃げ回り拒否し続けた結果季節は変わり、業を煮やしたこのオウジサマに「逃げるな」というお言葉を頂きものの見事に怒鳴り合いの喧嘩に発展したのち何故かそこから話せるようになった。
因みに怒鳴り合いの喧嘩をした場所は街中だしなんならあの兎の獣人が営む菓子屋の前だったりする。
営業妨害だと俺とアイツは思い切り拳骨を食らい、夫婦喧嘩は犬も食わないと言われ口にケーキを突っ込まれた辺りからもう怒りがだいぶ治まっていた。
「そういやトレイルは?」
「知らねえ、そこらへんに居るだろ。用があれば湧いてくる」
「へー」
ベシャリと地面に這うふかふかな尻尾を見ながら何の気なしに問いかけた言葉は短い言葉で返ってきて、俺はそれに相槌を打つ。
そしてそこから会話はなく、互いに無言のまま時折耳に届く鳥の声にピクンと反応し尻尾を揺らす。
俺とコイツは以前に比べたら比較のしようがないほど穏やかになったと思う。
吐き気がするほどの嫌悪感は今のところ湧いておらず、声を聞いても鳥肌も立たない。室内ではなくこうして屋外でならギリギリ二人でいることも出来るようになったのだが驚くほどに会話が続かなかった。
なんでだよ、とトレイルが遠くから叫んでいるような気がした。
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