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05ー5
「…誰が、誰に惚れてるって…?」
「……………はぁ?」
俺の零した言葉に奇妙な沈黙が続いた。
何故だか先ほどまで賑わっていた店内の他の従業員やお客まで静かになっている気さえするが、俺はそれどころではなかった。
先ほどミシュリーは確かに言ったはずだ、信じられない。有り得ない言葉を。それの真偽を確かめるために問いかけた言葉への答えは中々返ってこず、聞き間違いだったかと安堵に胸を撫で下ろしかけた時震えながらすっと挙手する男がいた。トレイルだ。
「はい」
「…なんだよ、トレイル」
「……今ソロ君、誰が誰に惚れてるって聞いた?」
「?…うん」
ガタンと勢いよく椅子から立ち上がったトレイルはくるりと後ろを振り返るとミシュリーの肩をガシッと掴んで揺さぶり出した。
トレイルよりも随分と小柄なミシュリーはガクガクと揺れながらもその表情は言葉で表すなら「あちゃー」辺りが妥当だろうか。片手で額を抑えながら眉間にシワを寄せる様は中々にシュールだった。
「ミシュリーどうしよううちの王子ホントにどうしようもない馬鹿だったっぽい…!」
「こればっかりはもうアタシもフォローできないね…」
「え?でも普通あり得る?こんなことってあり得るの?ボクさすがにパニック!」
パッとミシュリーの肩から手を離したトレイルは両手で顔を覆って天井を仰いだ。ぶつぶつと呪詛の様に聞こえてくる低い言葉達に俺の耳はびくっと跳ねて尻尾の毛も逆立ってしまった。
「…あーでもヴァイスだもんな。あり得る、あり得るわ。アイツなんでこう、基礎がわかんねえかな…。応用しかない人生だからか。いやいやうるせえわ」
「…トレイル…?」
「ん?ぁ、ごめんごめん今のなーしっ!聞かなかった事にしてね」
ドスの効いた声から一気に明るい声に戻ったトレイルに俺は引きつった笑みを返していたが、今度は何やら違う声でぶつぶつと言っているのが聞こえる。
そちらに目線を向けると店の椅子に腰掛けてテーブルに頬杖をついて遠くを見ているミシュリーがいた。
「…きっとあれだね、良くも悪くもリドリウス様とソルフィ様のお姿を見て育ったから、言わずとも言われずともわかるみたいな、そんな感じになっちゃったんじゃないのかね…」
「あー…、その可能性すっごくたかーい」
今度は互いに遠い目をした二人の姿に俺は正直にどうしたらいいかわからなくなりとりあえず紅茶を飲む事にした。
そんなに変な事を聞いてしまっただろうかと思いながら二人が落ち着くのを待っていたが、二人は落ち着くどころか何故だかさらに話し込み出してしまった。
だから俺は紅茶を飲みパンケーキを食べるが皿が空になっても二人は話しており、俺はそっとテーブルに代金を置いて帰る事にした。
それに従業員のヒトが慌てていたが構う事なく俺は店を出る。
今日こそシチューでも作ろうと思いながら、結果質問の答え聞いてないなと薄くオレンジに染まり出した空を見上げて呟くのだった。
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