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05ー6
昔からウジウジと悩むことが嫌いだった。悩んでいる間に生きる為のチャンスが減って行くからだ。
即決即断、それがスラムで生き抜く為のコツみたいなものだって俺は思ってる。あと反射神経。
だからこそ俺は自分の直感が普通の人より優れていると言う自負がある。あるのだが、その直感は悪い方にしか働かない。
悪意や殺気、嫌な予感、そう言うのには驚くほど敏感なのにそれ以外の事には鈍感だとよくジイさんにも言われていた。
実際俺の感はよく当たる。回避できることもあればそのまま飲み込まれた事だってある。
この数ヶ月がまさにそれだった。
トレイルに出会った瞬間から嫌な予感はしていたが、それがまさかこんな事になるだなんて夢にも思っていなかった。
冷静に考えると運命の番だαだΩだと言う前に王族と庶民よりも下層のスラムの住人だし、身分差なんてもんじゃない。最早生きるステージも違えば価値観も何もかもが違う。だから俺とアイツは絶対にうまく行きっこない。
普通に生きてれば出会うはずなんてなかったのにこれが運命の力か、と思ってしまえば余計にそれが憎たらしくなる。
運命だから互いに惹かれてしまう。じゃあ、運命じゃなかったら?
答えは簡単。
何もなかった、ただそれだけだ。
「…本当に呪いだよな」
「…、」
今日も今日とて飽きもせずに家に来たオウジサマと相変わらずの距離で庭に座りぼんやりと空を見上げて流れて行く真っ白な雲を眺めていた。
こんな事も本来ならあり得なかったはずだ。
「…俺がアンタの運命じゃなくて、どっかのちゃんとした貴族が運命だったらきっとアンタはこんなとこに通わなくても済んだんだろうし俺のために時間を割く事もなかったんだろうな」
紡いだ言葉にアイツからの反応はない。表情を知ることも出来なければ尻尾が反応することもない。匂いだってしてこなかった。
それからまた数秒、いつもの様に何もないまま沈黙が続いた頃アイツからとてつもなく大きな溜息が聞こえた。
「…下らねえ」
低い声でボソリと呟かれた声に俺は自分の耳が力なく垂れて行くのがわかった。
こう言う些細なところでも価値観の違いを感じて、そして一々傷ついて行く自分が嫌だ。この感情が自分のものなのかそれとも呪いのせいなのか俺にはもうわからなかった。
「…まあ、アンタにとってはそうかもな」
「惚れたヤツに会いに来て何が悪い」
ざあっと、強い風が吹いた。
アイツの長い髪が風にさらわれて空中に舞う。
一瞬聞き間違いかと思ったが残酷な事にそんなことはなかった。
「…嘘だ」
張り付いたように乾いた喉からはでた声は驚くほど掠れていたがその声はしっかりとアイツの耳に届いたらしい。
「嘘じゃない」
「あり得ない」
「どうしてそう思う」
どうして、その言葉に腹の中にあった黒いモヤが急速に膨らんでいく。
「意味わかんねえ。…は?惚れた、嘘だ、そんなの。だって、そしたら、なんで」
色々な言葉が頭の中をぐるぐると回って、だけどまとまらなくて口からは困惑の色を乗せたうめきしか漏れない。
そんな俺の様子をただじっと見ている紫と目が合った。また何かを耐えるように細められた目と引き結ばれた唇から言葉が発されることはなく、けれど何かを伝えたそうに俺を見るだけだった。
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