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05ー9
甘く優しい匂いしかしない部屋に二人分の荒い息遣いが木霊する。
ベッドの上で細く頼りない体を熱に震わせ、喘ぐ様に呼吸を繰り返す体を膝の上へと抱き上げて抱き締めている姿は発情期 を迎えているαとΩでは異様だとすら言える光景だった。
まして二人は運命の番という、通常のαとΩのそれとは違う抗い様のない力が作用する。
運命は互いを強く求め合う、そういう風にできていた。
「…さっさと、抱けよ…!」
「…うるせえな」
彼の番が発情期 を迎えてから数時間が経とうとしていた。
幼い頃から積み重ねられたストレスや慢性的な栄養不足が招いたΩとして不完全な体を持つ番を、彼は極力鼻で呼吸しない様に努めながら見つめた。
全く予期していなかった発情期 に利発そうな、少し幼の残る顔を熟れた林檎の様に赤く染めて辛そうに表情を歪ませる姿に胸が爪で抉られた様に痛んだ。そんな状態でも全身で自分が己の番であることもΩであることも拒絶する様な言葉や様子に痛みはどんどん深くなる。
けれどそれも全て自分の所為なのだと、彼もまた理解していた。
「…これ以上お前に嫌われたくない」
吐息交じりに囁かれた言葉に柔らかそうな狐の耳をぺしょりと垂れさせた少年はそれを受け入れたくないとばかりに首を振った。
その答えが返ってくる事を予想していたのか彼は何も言わずにただ細い体を抱き締める力を強めた。
途端に更に強くなる香りと、服越しでも分かるほどに熱を持った体に理性を根こそぎ奪い取られる様な感覚がして背筋に寒気が走り彼は衝動的に自分の唇を強く噛んだ。
ぶつりと軟肉が裂けて、彼の褐色の肌に赤が一筋垂れそれは顎を伝って服に落ちていきじわりと染みを作って行く。
「ソロ、」
呼びかけに対する言葉は無い。代わりに抱き締めていた体からゆっくりと力が抜けて行くのがわかり彼はそっとその様子を伺い見た。
そこには眉間に深くシワを寄せて固く目を閉じた少年がいて、眠ったのだなと一人呟くと今度こそその体をベッドへと横たわらせる。
胸を上下させるほど深い呼吸を繰り返し、体内で暴れ回る熱を気力だけで抑えようとする姿は痛ましいものがあった。
けれどそれがこの少年の矜恃であり運命にすら一言も頼らない彼の意地でもあることは火を見るよりも明らかで、彼はその一線を越えるわけにはいかなかった。
芳しい番の香りに体の内側から焼かれる様な感覚が襲い続ける中で彼もベッドに体を横たわらせた。
片腕を伸ばし額に張り付く柔らかな栗色の髪を指先で払い、辛そうに歪む顔を見て形のいい眉をくっと寄せた。
どうか楽になる様にとその額にそっと唇を寄せ、再びその細い体を抱き締める。
すると、無意識なのだろう。力なく伸ばされた手が彼の服を弱々しく握る。
泣きたくなるほどに愛おしいと、確かにそう思うのに彼はそれを伝える術を持たなかった。
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