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05ー10
目が覚めた時、体からあの嫌な熱は消えていた。
代わりに清潔なシーツの匂いと少し重たいけれど心地い温度の何かと、優しい匂いがした。
視界の焦点が定まらず薄ぼんやりとした景色の中で怠さの残る身体を起こそうとしたが俺の上にある重いものがそれを許さず、頭の中で不思議に思った。
「…起きたか」
聞こえた低く心地の良い声に俺は特に何も考えずに頷く。ああ、この重たいのはコイツの腕なのかと思いながらそれを認識すると俺はまた再び睡魔に襲われた。
「…もう少し寝るか?」
微睡の中で耳元で囁かれた言葉に緩く首を振って見せるも自分でも中々覚醒に至れない事が理解できて眉を寄せる。
それに微かに笑う気配がして少しだけもやっとした俺は気力でくっ付いて離れない瞼を押し上げてソイツを見た。
「…!」
目の前にあった顔に一気に意識が覚醒するのがわかった。
それと同時に自分の身に起こった事も思い出して全身から血の気が引いていくのを感じる。顔も青褪めたのだろう。
目の前で優しく笑っていたアイツの顔が一気に悲しいものへと変わった。
「…身体は平気か?」
その顔のまま掠れる程小さな声で問い掛けられた言葉に俺はハッとしてアイツの腕の中から飛び退いた。そこで違和感に気が付いた。
行為後には必ずあった怠さも、引きつるような痛みもない。汗をかいたせいで身体はベタつくが、むしろ体調は頗る良かった。
「…お前、」
「何もしないと言っただろ」
緩慢な動作でベッドから上半身を起こして乱れた髪を後ろに撫で付けたあいつが溜息混じりに呟いた言葉に朧げな記憶が蘇る。
「……この一週間は城に居ろ。発情期 はまだ完全に治ってない筈だ」
どんな言葉を返したらいいか分からず俯いていた俺に掛けられた言葉は命令するようなものではない、ただ心配の色が乗せられたものだった。
俺にはもうわからなかった。
元々自分さえ生きていれば良いと、そう思って生きてきた。俺を大切に思う奴なんていやしないのだと思っていた。
けれど、この国に来てから俺はおかしくなった。
一緒に居て楽しいと思えるヒトが出来た。可愛くて仕方がないヒトが出来た。嫌いだったのに好きになれたヒトが出来た。
嫌いなのに、大嫌いなのに離れられないヒトも出来てしまった。
この感情がなんなのか、俺にはわからない。
だけど俺はどうしてもこの場に居たくなくて、その場から逃げ出してしまった。
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