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05ー11
後ろから微かに息を呑む音が聞こえた。
俺に手を伸ばそうとした感覚がした。だけどアイツは俺を捕まえる事はしなかった。
逃げる事が出来る。それは心から嬉しい筈なのに、アイツから離れる度にどんどん体が冷たくなっていく。
がむしゃらに走って、すれ違う奴等からの好奇の目が嫌で、俺は適当な部屋に入って扉を閉めた。
そのまま扉に背中を預けるようにして座り込み、膝を抱える。
頭も体も、ぐちゃぐちゃだった。
「やあ、ソロ」
ふと影が出来て誰かが俺の前に立ったと理解するのと声を掛けられたのはほぼ同時だった。
ゆったりとした白い服を着た金色の髪の男は綺麗に笑っていた。
「……アル…?」
目を見せないように口元だけで綺麗に笑っているアルになんだか懐かしさと怖さを感じた。
けれどコイツが怖いのはいつものことだから気にせずに俺は目線を下げる。
目線は逸らしたがアルからはずっと楽しそうな匂いがしていた。それが何故なのか俺はぼんやりと理解していたけれど何も言わずに膝の間に顔を埋めた。
「…嗚呼、昨日の匂いはソロのだったのか。君は発情期 の時だとああいう匂いを出すんだね。それとヴァイスの匂いも混ざってる、だけどまだ噛まれてないのかぁ…」
「、触るな!!」
冷たい手が頸に触れた瞬間俺はその手を払い退けていた。
バシン、と乾いた音がしてハッとした時には俺は顎を掴まれて顔を無理矢理上に上げさせられ、頬に鋭い爪が刺さり痛みに眉を寄せた。
「ひどいなぁ、前はあんなに懐いてくれていたのに」
「…頸には触るなって何度も言っただろ」
「……ふぅん、少し生意気になったみたいだね」
睨むようにして言葉を吐き捨ててもアルヴァロは楽しそうに笑うだけだが、また少し顎を掴む手に力が入り軋むような痛みが走る。
「は、なせ…っ!」
「ねえソロ。どうして戻って来たの?君が死んでいない事に私は少しがっかりしているんだよ。あれだけの事をされたのに、まだヴァイスが捨てられないの?」
「……あんなので死ねる程か弱くねえんだよ」
「…へえ」
一切の綻びを見せない笑顔は見る者によってはとても綺麗で優しくて神々しいものに見えるだろう。
けれど匂いと音で感情がわかる俺からしたらアルヴァロというヒトはただ恐ろしいだけだった。
だから、俺に甘い言葉を吐いていた時と同じ表情でひどい事を言われたとしても俺は一欠片も驚いたり傷付いたりしなかった。
「…ヴァイスの事では笑えるくらい傷付くくせに、面白くないな」
「こっちはアンタに笑いを提供する為に生きてるんじゃねえんだよ。いいから離せ」
顎を掴むアイツの手首を両手で握り引き剥がそうとするがビクともせず、思わず舌打ちする。
そんな俺の抵抗を氷のような目で見下ろすアルヴァロの耳がぴくりと動くのを見て俺はぞくっと嫌なものが背中を駆け上がるのを感じた。
初めてコイツに会ったときのように呼吸がうまく出来なくなり、手足が震え出す。
威圧されているのだと気がついた時にはアルヴァロの顔が目の前にあり背中を壁から離させられていた。
「やめろ…!」
「ねえソロ、君はもう少し賢く冷静になるべきだった」
みんな君を守っていたのにね?
耳を掠めた声を理解するよりも早く頸に迫ったアルヴァロの牙に俺は喉を痙攣らせた。
「い、やだ、いやだ、いやだぁああ!!」
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