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05ー13
大きな足が割れたガラスを踏んでぱきりと乾いた音がした。
のしり、のしりと四つ足で俺たちの方に迫り喉を鳴らして威嚇する様に牙を剥き出しにした巨躯に俺は目を見開く。
「…お前のそんな姿子供以来だな」
驚く俺とは正反対に全く動じず、むしろ不愉快とばかりに顔を歪めたアルヴァロが俺の頭から手を離す。
それだけで意識が俺からあの虎に向かったのだとわかり一気に緊張感から解放されて床に倒れ込んだ。
それでも頸を守る手は離さずにより鋭敏に感じるようになった痛みに呼吸を荒くした。
それを見た虎が跳ぶように俺とアルヴァロの間に入り大きく吠える。
大理石でできた床にかちゃりと爪が当たる音がし、体勢を低くして変わらずにアルヴァロを警戒するその大きな体を見ていれば飽きたと言うような大きな溜息が聞こえた。
「獣とどうこうする趣味は無い。さっさとその子連れて行けば?」
感情も温度も匂いも感じられない姿は俺からしてみれば異質だが、それがこのアルヴァロという男にとっては普通だった。
初めて会った時から感情なんて感じなかった。ただぼんやりと楽しそう面白そうという気配はすれど、それは感情では無かった。
アルヴァロが感情を表すとしたら、それはあのクソ野郎のことだけだった。
「…クソ下らねえ兄弟喧嘩に、俺を巻き込むなよ」
だから俺が与えられた痛みも、虚しいくらいの優しさも、今千切れてしまいそうなくらい痛い指も元を考えれば大体この目の前の虎の気を引くための茶番だった。
「…なに」
虫の息の様な俺から吐かれた言葉がお気に召さなかったらしいアルヴァロが声を低くして俺を見る。
虎のおかげで姿は見えないが、声からして不愉快なのがわかって俺は笑ってしまった。
「…お前、自分の弟にしか興味ねえもんな。だけどすげえ嫌われちゃって、どうしたらいいかわからねえから手当たり次第コイツが嫌がりそうな事やって気を引きたかったんだよな」
痛みを無視してガチガチに固まった手を首から離す。床に手を着き痛みに歯を食い縛って上半身だけどうにか上げると漸く見えた顔に俺は更に笑みを深めた。
「図星だろ、オニイチャン」
「…殺されたいの?」
怒りを抑えた様な、そんな小さな感情の匂いですらさせる程感情を露わにするアルヴァロが告げた言葉に俺を守る様にして唸ったその姿にも俺は笑ってしまう。
そんな様子を怪訝そうに見るアルヴァロに俺は息を吐く様に笑って、獣の姿なら全く嫌じゃないアイツの体に頭を預けた。
それにびくっと身体を跳ねさせる白い虎の横腹に軽く頭突きして遠退きそうになる意識を繋ぎ止める為に深呼吸してから口を開く。
「…ちゃんと謝れば、まだ間に合うんじゃね…?だって、コイツだってアルのこと、そんな嫌ってない、」
どちらかから驚いた様な気配を感じたところで、やっぱり無理だと俺は意識を手放した。
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