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05ー17
「…ジイさんって、今城にいんの…?」
細く呟いた声に隣にいた虎が緩く尻尾を揺らす。目を伏せることで肯定するソイツに、そっかと返事をしてまだまだ夜明けの来ない夜の闇を見た。
背を向ける様にして寝返りを打って眠ろうと目を閉じていれば首筋に鼻先が摺り寄せられた。
「ん、どうした…?」
アルヴァロに触られた時は身体が硬直し上手く息が出来なくなるほどの拒否反応が出たのに、コイツがそこに触れても全く嫌じゃなくてむしろ擽ったいとすら感じてしまう。
がう、と小さな声の意味は会いたいのか?というところだろうか。
「そうだなぁ、話したいかもな」
再び寝返りを打ってアイツの方を向けば此方をじっと見つめる紫色と目があった。闇の中でさえ綺麗に光って見えるそれは、コイツと初めて会ったあの日を思い出させる。
熱と匂いに全てを塗り替えられて訳が分からなくなって、コイツにめちゃくちゃにされた日。もう二度と会いたくないと、そう願った相手と姿は違えど自分から望んで同じベッドにいる状況は側から見れば歪なんだろう。
「…ジイさんとリドさんって、運命の番なんだろ?なのになんでなんだろって思ってさ」
いつでも冷静で、賢くて、間違った事をすれば叱ってくれて、俺がスラム以外でも生きていける様にと勉強を教えてくれた。
その間、ジイさんは自分がΩであることもましてや番が居るなんて事もただの一言も話さなかった。
「…リドさんすげえ優しいし、金だって持ってるし、何が嫌だったんだろうな」
ぐる、と低く喉が鳴り額の部分をぐりぐりと頰に擦り付けられる。
それに目を細めていればまた紫色が俺を見ていた。
「ジイさんに会えばなんかわかる気がするんだよなぁ。俺もそろそろ逃げるの面倒くさくなってきたし」
獣の姿になった分表情から感情を読み取ることが難しくなったが、それでもコイツはわかりやすくて眉を下げる。
「お前が逃げるなって言ったんだろ。…俺も腹括らねえとなって思っただけ」
くう、となんとも言えない声で鳴いた虎に俺は思わず声を上げて笑ってしまいながら今度こそ眠る為に目を閉じた。
更に寄り添う様に身を寄せる虎に対する恐怖も嫌悪感もまるでない。けれどこれがヒトだと思うと俺はきっと足が折れていても逃げ出すのだろう。
だけどそれではもう無理なのだと、俺はもう自覚せざるを得なかった。
運命の番は確かに呪いだと、今でもその思いは変わらない。
けれどそれはほんの少しづつではあるが、俺の中に小さな変化が生まれていた。
この気持ち悪さのヒントを、あの人ならきっと教えてくれるはずだと思いながら俺は柔らかな毛並みに体を預けて眠りに落ちていった。
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