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05ー19
「…儂は元々、リドリウスが嫌いだった」
ジイさんにあてがわれている部屋の日当たりの良い場所に向かい合って座り、ジイさんはぽつりと音を零した。
「否、嫌いではすまんな。憎んですらいた」
座り心地の良いソファに腰掛けて膝掛けに肘を置いて指を組み、遠くを見ながら語る姿からはどこか気品が溢れていてこの時俺は漸くこの人が貴族なのだという事を理解した。
けれど嫌な気持ちは湧かず、そのままじっと声に耳を傾けた。
「…儂は獅子の国の貴族だった。まあ、貴族と言っても成り上がりの次男坊だがな。…だが、貴族であった事には違いない。だからパーティなんぞ下らんもんであいつに見つかった」
昔話を語るような口調で話し出すジイさんをじっと見ていたが思い出せば思い出す程当時の記憶が蘇るのか苦虫を噛み潰したような表情に変化していって、そんなに嫌だったのかと俺は意外だった。
「…でも、リドさんもジイさんも貴族だし、ジイさんすげえ大事にされてるんじゃ」
「一方的な思いは負担になる。それは形は違えどお前もわかるだろう」
視界に俺が入ったことで少しだけ表情を和らげたジイさんの口から紡がれた言葉に俺は押し黙るしか出来なかった。
そんな俺を見てジイさんはそっと目を伏せた。
「…Ωは本来弱者ではない。支配され庇護される対象ではないのだと、儂は何度も訴えた。リドリウスにも、自分を取り巻く環境にも。…だがら儂は国に仕えていたんだ」
ぽつぽつと溢すように語られる言葉はどこまでも真っ直ぐで、この人が本気でそう信じていた事が理解出来た。
「…珍しがられたな。Ωの癖にとも、誰に取り入ったとも、それこそ毎日の様に言われた。だが儂はこんな性格だ、気にする事なく自分の仕事をしながら生きていた」
ふ、と自嘲気味に笑うのがわかり目を細めた。
「だがそんな暮らしも、儂の思想も、運命の前に砕け散った。あいつを見た瞬間全部が弾けた。ただの獣に成り下がったんだ」
遠い過去を思い出して重く苦しく落とされた言葉は、俺の胸にも重たくのし掛かった。
あの自分が自分じゃ無くなる感覚は不愉快とか、気持ち悪いとか、そんな次元の話ではない。
「リドリウスはすぐに儂を囲った。それこそ監禁しそうな勢いでな。…その日からだな、儂がこの世で一番嫌う扱いをされだしたのは」
呟く声に怒りや憎しみの色は無く、ただ過去を過去として語るジイさんの顔はあまりにも無だった。
だがそれが耐えている時の顔だということを、俺はよく知っていた。
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