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06ー6
日が経つことに寒さがまして行く気さえする秋の朝、朝食も終えてゆっくりとした時間を過ごす中で家中に響く様な大きな声で発言したイチの言葉にオレはもちろんホットミルクの入ったカップを両手で持って息を吹き掛けていたニイもパチリと目を瞬かせて暫し硬直した。
「…イチお前何言ってんだ」
先に動いたのはニイだった。イチの突然の発言にまるで動揺せずにむしろ心配そうに首を傾げるニイにイチは両手を腰に当ててふん、とどこか得意げに胸を張って見せる。
「パーティー行きたいの!だってきっとすっごく素敵だよ?妖精さんみたいなドレス着た人がたっくさん来るんだよ?美味しいご飯も、あ、ソロのご飯だってすっごく美味しいけど、でもでもお城のパーティーに出るご飯ってきっとキラキラしてるもの!見てみたい食べてみたいー!」
「無理に決まってるだろ。フツーに考えてみろよ。オレらは庶民なの。貴族じゃない」
「えーー、だってわたしたちトモダチなのにどうして行っちゃいけないのー?」
「ミブンが違うんだって」
ピクピクと白く尖った耳を動かしていたニイだがイチの話を聞くなり呆れた様に息を吐いて再びホットミルクに息を吹き掛ける。
そんな双子の弟の様子を見てムウッと頬を膨らませていかにも拗ねてます、という表情を浮かべたイチはプイっとニイから顔をそらして代わりに俺の方へと駆け寄ってくる。
大きくてくりくりの可愛い目でじっと見つめられて少し居心地が悪くなった俺は目を逸らすがそれを許さないとばかりに腰に抱き着いてきた。
「…ソロー…」
「…んな可愛い顔したって無理なもんは無理。ニイも言っただろ、俺たちは庶民であって貴族じゃねえの。たまたま貴族と知り合いなだけ」
「…でもトモダチだもん」
「そうだな、トモダチだな。けど、こればっかりはどうしようもないからなぁ」
黒い耳とぺしょっと垂れさせて俯いてしまったイチと視線を合わせるために床に膝を着いて覗き込む様にして目線を合わせると、そこには目にいっぱいの涙を溜めた可愛い女の子がいて思わず両手を伸ばして抱き締めてしまった。
「…じゃあ今度家でパーティーするか。ミシュリーのとこでお菓子いっぱい買って、飯とかもいっぱい作ってさ。その時はジイさんもアイツらも呼んで、家の中とかも綺麗に飾り付けとかすんの。どう?」
「…ドレス…」
「そこはトレイルにお願いしたらアイツ多分なんか用意してくれると思うぞ。イチは可愛いからおねだりすれば間違いねえ」
「…ソロ」
「ニイもタキシードとか着るか。お前らはうちのお姫様と王子様だからなー」
きっとイチを甘やかすなと言いたかったのだろう。けれど俺の言葉で嬉しそうに尻尾を揺らす少し素直じゃないニイも可愛くて笑ってしまう。
あまりにも身分が違うヒトがそばにいて自分を可愛がってくれていたらイチの様な思考が働くのも仕方がないよな、と納得する。だから今度アイツらが来た時はうんとわがままを言ってやろうと心に決めながらイチを離して立ち上がると窓に黒い影がいて毛を逆立てる。
「ニイ、こっち来い!
急いでイチを背中に隠して驚くニイの腕を引き窓にいる得体の知れないものに牙を剥き出しにして威嚇すればそれが笑う気配がした。
窓が閉まっていることが唯一の救いだったと思いながら子供たちをどう逃そうか考えていた時、窓の外にいた頭から深くフードを被った人物が軽くそれを上げる。
そこから覗く見たことのない顔に更に警戒心は高まり喉奥からグルル、と唸りが出たと同時に蛇の様に微笑う男はカッと目を見開いた。
「んパーーーティーーーの招待状を持って来たわよぉおおおんっ!!」
あ、コイツやばいやつだと思って子供たちを逃した俺は絶対に間違っていない。
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