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06ー12
不意に何か違和感のある匂いが鼻を掠めた。
それが一体なんなのか俺にはわからなかったが、耳でも何か歪な音を拾う。
「……?」
ピクンと耳が動き違和感を探そうと聴覚を研ぎ澄ませる。
けれど雑踏や人の声、混ざりすぎている匂いに邪魔されてどうしても集中が出来ない。その事に苛つき眉間に皺を寄せたところで裾をクイッと引く感覚がしてそちらに目線を向けると何故か怯えた様な目をしているニイが会場の二階部分を指差していた
「…ニイ?」
「あそこから嫌な音がする」
獣人の中には五感が異様に優れている者がいる。例えば俺なんかは匂いや音で感情がわかるなんて特殊能力があったりするし、ニイに至っては聴覚が異常と言えるほどに発達していた。
そのニイが表情を険しくして指差した先を見れば歪な角度で何かが光るのがわかった。
それが何かと理解した途端俺は走り出していた。
「ソロっ」
後ろでイチとニイが慌てるのがわかったがそれに気持ちを傾ける余裕が頭から吹き飛んでいた。
人波をかき分けながら先ほどの光を見た場所を仰ぎ見る。するとそこには先ほど微かに見えた影はいなかったが俺の感覚がまだ危ないと告げている。
その証拠に先ほどまでは微かに感じられなかった違和感がどんどん強くなっていき、そして明らかな殺気を含んだ臭いが鼻をつくように刺激した。
「どいて、どいてください…っ!」
障害のように立ち塞がる煌びやかなドレスを押し除けて前へ前へと進んでいく。
辺りからは俺に対する罵詈雑言が飛び交うがそんな事を気にしている場合ではなかった。
この臭いの強さは知っている。
これは行動を起こす直前の匂いだ。それは強ければ強いほど、確実にそれは起こってしまう。
ふと、どこからか強い視線を感じた。そんなもの気にしている余裕なんか全くないのに、俺の目は惹きつけられる様にそちらに向いて、そして目を限界にまで見開いた。
そこにいたのは俺を見てそれはそれは綺麗に、咲き誇る薔薇のように微笑むその人で。
国王とその正妃にのみ座することが許された豪奢な椅子に腰掛けそれは愉快そうに、そして汚いものを見るかのような、俺にとっては慣れた目で俺を見て、そしてその視線は自分の子供であるはずの男に向けられる。
ひゅ、と喉が締まり俺は意識するよりも先に今度こそ駆け出した。
王妃の口が言葉を発するでもなく何かを囁く様に動いている。
そして一つの言葉が終わる度に臭いも音ももっと、歯止めが効かなくなるほど強くなっていく。
ガチャ、と確かな金属音を聞いた瞬間俺は声の限りに叫んだ。
「――っヴァイス!!!」
手に、アイツの体が触れた。
驚きに目を見開くアイツに笑って見せて俺はその体を突き飛ばす。それはほんの一瞬き、一瞬の間の後、会場に悲鳴が上がった。
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