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06ー14

昔、子供の頃の話だ。 鮮やかに色づく空とは正反対の常に砂埃が舞う灰色の街で俺は生きていた。 歩く場所は舗装なんて一切されていない土の上。赤茶けてひび割れた生きるもの全てを渇きの中へと叩き落とすかの様な過酷な環境での生活は、そこで生きていくヒトを嘲笑うかの様に辛く厳しいものだった。 その環境は当然の様にヒトの心にも悪く影響した。 欲しいものは奪ってでも手に入れろ、泣いている暇があるなら少しでも多く稼げ。何をしてでも生き残れ、それが例え非人道的な行為であったとしても。 そうは言っても、飢えはそんな道徳心を瞬く間に奪い取る。それこそ、根こそぎなんて言葉があんなに似合う衝動も中々ないように思えるのだ。 けれど長くそんな環境で生き続けるといつしかそれが普通になる。耐えることが、奪うことが、傷つけることが普通となりその普通は連鎖して俺自身にも嫌と言うほど降りかかってきた。特に俺はΩとかいうとんでもなくアンラッキーな性別でその地獄を生き抜かないといけなかった。 ただでさえ弱者は生きることができない世界で俺がここまで生きてこられたのは奇跡としか言いようが無いが、そんな奇跡いらなかったと思うことの方が人生の中で多かった様な気もする。 生きる事になんの希望もないが、生きている限りは楽しもう。そんな風に思っていた。そんな風に思わなければ前を向くことなんて出来なかった。 正直に言えば、Ωとしての機能が損なわれているかもしれないとスラムの医者に聞いた時俺は確かに安堵したが同時に寂しいとも思っていたんだ。 理由はたった一つ、家族が欲しかったから。 俺は自分の親なんて覚えてない。スラムで生きてる奴らなんて大抵がそうだと思う。 だからみんな愛情に飢えていて、愛なんてものがわからなくて、街で見かける手を繋いで歩く親子の姿が理由もわからずただただ羨ましかった。 誕生日や、記念日や、春を祝う日や、冬のパーティー。そんなのをなんの疑問もなく祝えて家族と過ごしている奴らにずっと憧れていた。 だからもし俺がいつかあんなクソみたいな国から出る事ができて、ちゃんと一人で生きていける様になったらその時は俺は俺の家族を作ろうって、そう思っていた時もあったんだ。 だけど、それは一生叶わない。 泥の中に埋もれている様な暗く淀んだ空気の中、俺はすっと目を開く。 きっと夢の中なんだろう。体を丸めて宙に浮かび揺蕩う中で見るやけに静かで何も無い空間は、以前なら心地良いとすら思えたのに今では不気味に感じてしまう。 「…起きて、どうすりゃいいんだろ」 ぽつんとこぼした言葉は空気の中に吸い込まれて消えていく。返事が返ってくる訳もなく、そしてここがいわゆるあの世だなんて事もないと俺は理解していた。 「………痛いんだろうな」 ぽつん、とまた言葉を溢す。 「……怒られるかな」 助けてやったのに、と誰かに何か言われた訳でもないのに言葉が漏れる。 「…アイツら、泣いちゃったかな」 足の伸ばすとぺたりと、足の裏がしっかりと地面につく感触がした。 「、アイツ、怪我して無いかな」 ああ、起きないと。 そうして俺は暗闇の中を歩き出した。

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