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07ー1

失う苦しみや痛みは理解できた。それは幼い頃から幾度となく、それほど数え切れないほど経験してきた事だったから。 だけど結局は違う存在だ、理解はできても、頭で理解はできても心がそれを理解することなんてできるはずもなかった。そのヒトにはそのヒトの苦しみがあって痛みがある。俺からしたらとんでもない贅沢な悩みでも、ソイツからしたらそれは耐え難い辛さになる。 けれど俺はどうしても卑屈で、妬みや嫉みが耐えない。劣等感の塊だという自覚があった。 だから、話しをしたって無駄じゃないかって思ったりもしたんだ。 結局は俺がソイツの過去を、思いを聞いたところでやっぱり理解できないと投げ捨てる可能性だって0じゃなかった。 なのに、どうしたって今の俺にはそんな事出来そうになかった。 「…お前を番にすれば、兄上はお前を消そうとする。母上たちもお前を殺そうとするだろう。番をなくして狂う俺を見たいという理由だけで、あの人達はお前を消そうとする」 全てもしかしたら、という話で信憑性なんてまるで無いのに喉を引きつらせながら語るその姿に胸が締め付けられた。 「もしかしたら、そんな事は起こらないかもしれない。だが、もし起こったら、俺はどうしたらいい」 声を震わせ聞き取る事が難しいと思えるほど小さく呟かれた言葉は抉る様な痛みを持って俺に届く。これが俺の感情なのか、運命というやつが感じさせるものなのかはわからない。 「…そう思っていたのに、お前を見たらそんな感情も消え失せた」 自重気味に笑う音が聞こえた。 「…お前を傷付けたくないのに口からはお前を貶める言葉しか出ない。優しく触れていたいのに、気づいたらお前の身体を引き裂いていた。…ただ一言、追い出せと城の奴らに言えばよかっただけなのに」 自分の顔を両手で覆って言葉を紡いでいたソイツがふと顔を上げた。眉を寄せて、苦しそうに顔を歪めて今にも泣きそうな顔をしているのに、ソイツは歪に笑った。 「…お前が側からいなくなる事が耐えられなかった。頭では理解していたが、どうしても口にする事が出来なかった。…だから、憎んで欲しかった」 「…は、」 「……そうされる事で、俺が楽になりたかった」 ぽつ、と零された言葉は心に小さな滴を落とした。 「…俺から、離れて欲しかったって事…?」 「、手放す事が出来ないなら、自分の意思で逃げて貰えばいい。そう、思ったんだ」 それが間違いだと、考えなくてもわかっていたのに。 きつく服を握った手にソイツの手が柔く重なった。指を絡める様に触れ合う温度は確かに温かいのに指先は氷の様に冷たくて、そしてその手が俺の指から離れていくのを俺はじっと見ていた。

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