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まず、そうねぇ、と低い声で呟いてそいつの話は始まった。 「あれは誘拐じゃないわ。本当にこの国にあるしきたりなのよ。と言っても始まったのは10年くらい前だったかしら」 「言い出したのはリドリウスだ。少しでも国民と貴族の壁を取り払いたいが為に始めたのが最初だ」 「ちなみに第一号はトレイルよん」 その言葉に目を丸くして驚き、後ろを振り向いてソイツを見る。間違いないと言う様に頷いたのを見てからおずおずとけばけばしい男を見ると何ともいえない顔をしていた。 「…いちいち見せ付けてくれるじゃない…ッ!なんだか私が空気読めないみたいになるじゃない…!」 「いいから続けろメルロー」 いつの間にか後ろから俺の背凭れになる様に移動していたソイツに体重を預けつつ理解出来ない言葉に首を傾げていれば気のするなと言う様にソイツの手が俺の頭を撫でる。 それが思いの外心地良くて耳がひくんと揺れて目を細めていれば前方から盛大な咳払いが聞こえた。 「んんんん"ッ!!続けるわよ!…まあ、だから子猫ちゃん達を招待したのは紛れもない事実よ。…だけど、まさか狐ボーイがヴァイスちゃんの番だなんて夢にも思わなかったわ」 「…俺結構長い間城に居たけど」 「遠征よ。え・ん・せ・いっ!丁度入れ違いくらいじゃないかしら。でも本当やってくれたわ。全くこっちの情報は入って来ないし、挙句この私を騙すだなんて」 「メルロー」 ぎり、と音が聞こえるほど歯を喰いしばった男を見て目を瞬かせて居れば頭上で厳しい声が聞こえてまた耳が揺れる。 「…わかってるわよ。事実だけを伝えるわ。…結果から言えば裏で手を引いていたのは王妃様よ」 するりと、表情を欠片も変える事なく告げられた人物はわかっていたとは言え実際に聞いてしまうと胸が締め付けられる様に痛んだ。 「運命の番を得たヒトが目の前でそれを失ったらどんな顔をするのか見てみたかったらしいわ。…信じられないくらいチープな理由だけど、これが事実」 「どちらが目の前で死んでも狂うだろうからな。発狂した俺を殺すならあっちも良い厄介払いが出来て、お前が狂えば不審者という理由で刑に処せる。…あの人たちからすれば、良いショーくらいの感覚だったんだろう」 なんて事ない様に、それがさも当然だと言うような声で紡がれる言葉に苦しくなる。 「…家族じゃねえの…?」 「……俺は少なくともそう思っていた。…ここまでされたら、流石にもうそんな言葉も出ないがな」 痛いくらい重たい沈黙が下りる。 誰しもが何を言えばいいのか分からずに、気味が悪いほどの静寂の中ただ息を繰り返す。 きゅう、と俺の腹に回った手に少しだけ力が込められた。怪我をしていない方の肩に少しだけ重みがかかりさらりと銀色の髪が落ちて来る。 日の光を浴びて輝くそれはとてつもなく綺麗なのにこの色のせいで全て失くしたのだと思えば、どうしようもなく悲しかった。

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