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07ー5
カツン、カツン、と靴の音が響く。
石造りのその建物は長く放置されていたのかツンと鼻につく程にカビ臭く湿気ていた。
時折カサつく音やネズミの鳴き声が聞こえる中、光が差し込まない中を燭台の灯を頼りに歩く。
地下深くにまで足を進め階段を降り切る頃には陰鬱な雰囲気が更に増し、クッと眉を寄せる。
不愉快だ。そう小さく呟いた声が石壁に吸い込まれたと同時に光も届かない更に奥からガチャンと金属が荒々しく擦れ合う音が聞こえた。
「…アルヴァロ、そこにいるのはアルヴァロでしょう?母を助けに来てくれたのね」
一寸先も見えない程の暗闇から砂糖を煮詰めた様な甘い声が聞こえて更に不快感を煽る。さてどうしたものかと口をつぐみ唇に指を当て考えて居ると再びガチャンと金属音が響く。
「アルヴァロ。アル、何をしているの?早う母を助けて頂戴」
甘いだけだった声に僅かに苛立ちが見えて口角を上げる。燭台を手にしたまま奥へと歩を進めれば一歩足を踏み出す度に虫やネズミが逃げ出して行く。ああ、なんて劣悪な環境だろう。
そう頭で思っていても、心は何も動かない。動かす必要もないとばかりに形ばかりの笑みを顔に貼り付けて最深部にある鉄格子の前で足を止めた。
「…気分はどう?母上」
「嗚呼なんて意地悪な子。母がこのような場所耐えられる訳がないでしょう?さあ、鍵を開けて」
頼りなく揺れる蝋燭の火すら眩しいのか、カビと腐臭がする場所にとても似つかわしくない豪奢な衣装を纏った女が目を眇める。
罪人として捕われているとは思えない程の一分の隙も与えないほど整えられた容姿や立ち居振る舞いは見事の一言だがそれに爪の甘皮程の興味も湧かない。
「…アルヴァロ?」
笑みを称えたまま微動だにしない息子を見て漸く違和感を感じたのか柳眉を潜めて女は声を掛ける。
「アル、」
何処かから入った風が蝋燭の火を揺らし、影を妖しく震わせた。
「ヴァイスに手を出すなと言った筈だよね」
「あら、怒っているの?ただの悪戯じゃない」
ころころと鈴の音の様に笑う女を見て貼り付けていた笑みが消える。そんな息子の様子を見て更に楽しげに笑って見せた。
「呪いの子を殺そうとした事は悪いことかしら?きっと国中が望んでいることよ?」
「一番望んでいるのは貴女でしょう」
「…今更あれに情でも湧いたか」
す、と笑みが消えて煩わしそうに告げる女は鬱陶しいとばかりに息を吐いて目に明らかな苛立ちを乗せ自分の息子を睨む。
「話は飽いだ。早う開けなさい、アルヴァロ」
「……」
「…お前、何を考えているの」
老いても尚他を圧倒する美しさを持つ女が訝しげに眉を潜めて自分の息子を見る。
だがその美しさがここ数年で急激に損なわれていたのを息子であるアルヴァロはよく知っていた。
そして、美しさがこの女にとってどれほどの価値を持つのかも。
「貴女が白であればこんな馬鹿げた事は起きなかったんだろうね」
アルヴァロは笑う。母親譲りの完璧な笑顔を浮かべて、鉄格子の中にいる人物を明らかな侮辱を持って一瞥した。
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