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白とは本来喜ぶべき色だった。 「もしあれが女であったなら、貴女はどうなっていたんだろうね?」 緩く首を傾げて見せれば、両親から受け継いだ金の髪が揺れた。 虎族の中で特に珍しくもなく、凡庸で、ありふれた色彩を鉄格子の中から忌々しげに見やる女の顔は既に母のそれでは無かった。 「生まれた瞬間に殺していた?それともここに閉じ込めて一生誰の目にも触れさせない様にしたかな?それを思えば我が弟は強運か」 「…お黙り」 不愉快だということを隠そうともせず低く呟くその姿にアルヴァロは楽しそうに笑う。 「何故。本当の事だろう」 気味が悪いほどの静寂が包む空間にアルヴァロの声は嫌になる程よく響く。 「白虎は神の御使とされる存在なのに、どうしてこうなってしまったんだろうね?十年前に起きた災害や二番目が死んだのは本当にヴァイスの所為なのかな?むしろあれが生まれてからこの国には良いことしか起きていない筈だ。その証拠に国は潤い、我が国における貧富の差は数年前とは明らかに違ってきている。幸せな国だと思うよ、ここは」 笑みを浮かべるアルヴァロとは対照的に女の顔はどんどん険しく、そして血の気を引かせる。 暗がりながらも蝋燭によって照らされたその表情の変化を見逃すはずもなくアルヴァロはさらに笑みを深めた。 「嗚呼、貴女にとっても幸運だった筈だよね?二番目は」 「お黙りなさい!」 引き裂く様な女の甲高い声が鼓膜を貫く。 石室の中は外よりもずっと冷たい筈のなのに女は顔に汗をかいていた。そして息を乱して取り乱した様に鉄格子を細指で掴む。 「それ以上口に出せば息子だとて許さぬ…っ!」 「あは、許さない?何を言ってるの」 一切表情を変えることなく笑う息子を、その時初めて恐ろしいと思ったのか女の喉がひゅっと細く鳴った。 「貴女は死ぬまでここにいるのに」 女の目が限界まで見開かれ、意味が理解できないのか言葉も出せずアルヴァロを凝視する。 「だけど安心して良いよ。ここには父上も、貴女の情夫も入れるから」 再び喉が引きつる様な音が聞こえ、そして喘ぐような声で女が声を零す。 「…そんな、お前はまだ王子の筈、その様な権力がお前にある筈がっ」 「権力とかさ、どうでも良いんだよね」 もう興味が失せたのかため息を吐きながら王子とは思えぬ粗野な手つきで髪をかき上げたアルヴァロは怒りと恐怖で震え、信じられないとばかりに目を見開き血走らせる女を見て目をすっと細めた。 「より強い者が上に立つのは当然だろう。耄碌した王はもういらない、だから引き摺り下ろした。それだけ」 これ以上話すことはないと踵を返そうとしたのを見て女が鉄格子を強く掴む音が響く。 「――今更情でも湧いたというのか!お前とてあれが憎かった筈、忌々しい程美しく、何をせずとも人に恵まれるあれが!」 「……私が嫌いなのはあれに愛される奴らだよ」 「、なにを、」 ふ、と力なく、どこかやりきれない顔で笑うアルヴァロを見て女は息を呑む。 「――――さようなら、母上」 囁く様な声音で呟いて、今度こそアルヴァロは歩き出す。 後ろでは女が力なく座り込む音が聞こえ、次第につんざく様な悲鳴が上がるが足を止めることはなく歩き続けた。 脳裏に浮かぶのは赤に塗れた狐の獣人と、呆然とした弟の姿。αである男を突き飛ばして自らを盾とした姿には特に何も思わなかったがそれがヴァイスを狙った物だと理解した途端感じた事のない怒りが体を支配した。 気がつけば全てのことを終わらせていて、父を玉座から引き摺り下ろしていた。 そこまでしてアルヴァロは漸く自分の中にあった感情を自覚する。けれどそれは生涯誰にも打ち明けることはないのだろう。 それが最善だということを、アルヴァロはわかっていた。 「…謝って済んだら、こんなことにはならないんだよ、ソロ」 気が触れた様な女の叫び声を背中に受けながら呟く。 それは誰にも届くことはなく、カビと腐臭のする石室に吸い込まれて行った。

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