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07ー7
苦しいくらいの沈黙を遮ったのは扉を叩く音だった。
その瞬間張り詰めていた空気が少しだけ緩み、アイツがいつもと変わらない声で開けるように促す。扉が開いて入ってきたのはあまり見た事のない服を着たヤツだった。
それを見て俺を抱き締める男の体が僅かに強張り、そしてメルローが音を立てて椅子から立ち上がった。
「何があった」
聞いた事のない硬い声が溢れる。
真っ黒の、一切の装飾がない本当にただ黒い服を着た人物は静かに口を開こうとするが俺の方を見ると少し眉を寄せる。
「構わない。続けろ」
命令するのに慣れた口調で告げられた言葉に黒服の男は一瞬躊躇するがしっかりと頷いて見せ、そして口を開いた。
「…アルヴァロ様が、即位されました」
「………そうか」
「、それだけ、ですか?」
「…即位するのが早まっただけだろう」
こともな気に告げられる言葉に黒服の男が気味悪そうにアイツを見ているのがわかった。
メルローもどこか不安気な顔をしているのを見てこれが緊急事態であることは理解できたが何か言葉を発せられるはずもなくこの重苦しい空気が一秒でも早く去ってくれるのを願うばかりだった。
「…何があったか聞きもしないのか」
「…ちょっと」
「貴様のせいでっ!」
グッと拳を握り込んだ黒服の男の体が怒りで震えるのがわかった。
明らかな敵意を含んだ匂いに体が強張る。俺だけが取り残されている状況に不安感は募るが、この黒服がアイツに対して良くない感情を抱いていることだけは理解ができて胸の内に嫌な感情が広がっていく。
嫌悪や憎悪を隠そうともせずに声を荒げる様子に、そのぶつけられる感情の匂いや音に息が荒くなる。
この音は、匂いは、あの日のパーティー会場に蔓延していた物だ。
あまりに強くて、辛くなる。
ダン、と音がして息が荒くなる中で何かを床に叩きつける音がした。
目線をそちらに向けるとそこには黒服を床に押さえ付けているメルローがいて、その下で黒服の男は何やら喚いていたがしっかりとした言葉が発せられる前に意識を落とされていた。
「…全く、何考えてんのかしら。ヴァイスちゃん、私これ捨ててくるわね」
「…せめて部署に送り返してやれ」
「んもー、そこで罰さないからこいうバカがつけ上がるのよー?でもそういう優しいとこ好きッ!」
「うるせえさっさと行け」
表情を変えずに、慣れたように行われるやり取りに違和感を感じる。
黒服の襟を掴み引きずるようにしてメルローが部屋から出て、扉が閉められてあれほど望んでいた静寂が戻ってきたのに俺の気分は一向に晴れずずっと黒いもやが胸の内に渦巻き続けていた。
心臓が煩いほどに脈打って晒された悪意の匂いと音に体が震える。
「ソロ…?」
俺の異変に気がついたのか伺うような声音でアイツが俺の名前を呼ぶ。
喉に何かが詰まったように言葉を発することができない俺を不思議に思ったのか、アイツが俺の顔を覗き込むようにして見た途端目が丸くなったのがわかった。
「、な、なんで泣く…?傷が痛むか?すぐ医者を」
「、ちが、」
先ほどまで感情に一切の揺れを見せなかった男が俺が泣いているのを見ただけで面白いほどに動揺して全身から焦りと心配の匂いを出す。
そのことに更に涙が溢れ出すのを感じてアイツは更に動揺するが首を横に振って否定する俺を見てどこか途方にくれたような顔をした。
「…ソロ、どうした。言ってくれないとわからない、」
ぼろぼろと泣く俺を抱きしめて頼りない声で囁く男の声にはやはり辛そうな匂いがしない。
それがどうしようもなく悲しくて痛くてしょうがなかった。
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