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07ー12
互いの温度を分け合う様に触れ合い、今までの痛みしか伴わなかったそれが嘘かの様にアイツは俺に優しく触った。
今までが今までだったからか俺が少し警戒して身体を跳ねさせる度に辛そうな顔をするから笑ってしまう。
自業自得だと告げれば目を丸くした後に息を吐く様に笑って俺を抱き締める。
戯れる様に触れ合う、今までの分を上書きする様に。
「ソロ」
アイツの俺を呼ぶ声にいつからか甘さが乗るようになった。そんな声で呼ばれる時はもうこいつの匂いや音も意識的に感知しない様にしている。
何故って、俺の心臓がもたないからだ。
「ヴァイス」
俺もいつの間にかアイツの事を名前で呼ぶ事に慣れていった。
最初の頃は呼ぶだけでも変な動悸がしていたし妙な緊張もしていた。けれど今ではするりと呼べる様になったが、その代わり名前を呼ぶ度にアイツは嬉しそうな顔をする様になった。
肩の傷がだんだんと治って来て、最初は少し動かすだけでも辛かったのに今ではもう以前とそんなに変わらないくらいには良くなった。
「…うん、もう大分良くなりましたね。あと一週間もすれば完治するでしょう」
爺さん山羊の皺だらけの手が包帯の巻かれていない俺の肩の様子を見て満足そうに頷く。
俺の肩にはあの時の傷跡が残っていて、そこだけ肉が抉れていたりする。その痕だけはもう一生消えることは無いそうだ。
俺からしたらどうでもいい事だったが、アイツからしたら結構重大な事らしい。俺の肩に残る傷痕を見る度にこの世の終わりみたいな顔をする。
それが面白くて笑ってしまいそうになる、なんて流石に言えないがアイツも気が付いているのだろう。時々なんとも言えない顔をして俺を見ている。
「…冬になるな」
赤く色づいた葉がどんどん落ちていって、裸の木が目立ち出した頃窓から入ってきた風に確かな冬の匂いが混ざりだしポツリと呟いた。
鼻の奥が痛くなる様な冷たい匂いがすぐそこまで迫っている。寒さに弱い俺からすれば辛い季節だが、今回ばかりは少し楽しみでもあった。
「…そうだな」
窓辺に佇む俺を後ろから抱き寄せて来るソイツに驚き目を丸くするが特に何も言わずに好きにさせる。
漸くアルヴァロの事が落ち着いて来たらしく、また側にいてくれる時間が増えて来た。毎日という訳ではないが、それでもあの頃に比べれば暇だと思う時間は格段に減っていた。
「いつ頃戻るんだ?」
俺の頭に顎を乗せてぼんやりとした声で問い掛けて来る。
「三日後」
「…そうか」
心なしか寂しそうな声がして笑ってしまう。
すると振動が痛かったのか小さく呻く声が聞こえて頭から顎が退いた。
後ろを向くとやはりどこか元気のないソイツがいて、俺よりも年上の筈なのになんだか小さな子供に見えて思わず手を伸ばす。
「一生会えない訳じゃないだろ」
綺麗な銀の髪を乱す様に両手で頭を撫でれば少し困った様な声が上がる。
「、おい、やめ」
「ちゃんと考える」
見たこともないほど髪を乱れさせた所で俺は深呼吸して目線を上げた。
「…ちゃんと俺の意思で決めるから、待ってろよ」
微かに目を瞠り唇がわななき、何かを口にしようとしてけれどそれを耐える様にきゅっと唇を引き結んだソイツは口角を上げて見せた。
「…ああ、わかった」
髪の毛がこれ以上ない程ボサボサなのに、それでも欠片も損なわれない美貌に今更ながら感心しつつ俺とヴァイスはゆったりと、けれど何かに駆られるように残りの時間を過ごした。
季節は冬になる。
初雪が降った日、俺は家に戻った。
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