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08ー5

「…ニイ」 俺の声にびくっと体を跳ねさせたニイは恐る恐る俺を見た。 カップを指先が白くなる程両手で強く握り、泣くのを堪えて唇を噛んでいる姿に胸が痛んだ。 「俺の部屋行くか」 カタンとカップをテーブルに置いてから立ち上がるとニイが困った様な顔で俺を見上げていた。どうすればいいのかわからない、そんな顔をしていた。 「来ないなら抱っこして連れてくぞー」 「、自分で歩くっ」 ぴょん、と椅子から降りたニイが俺の側に来る。ふわふわの髪の毛をぽんぽんと撫でてからやはり不安そうな顔をしている二人を見て目を細める。二人もどうしたらいいかわからない、そんな顔をしていて、そうさせた理由は俺なんんだろうと思うと申し訳なくてしょうがなかった。 「イチ、部屋可愛くしとけよ。ジイさんはイチの手伝いしてやって」 けれどここで俺まで辛い顔をするのは違うんだろう。そう思って笑いながら告げるとイチは一瞬言葉に詰まった後に頷いてくれた。 それに内心ほっとしながら俺はニイを連れて部屋へと歩き出す。トントン、と階段を上がって木の扉を開けると俺はベッドに腰掛けるがニイは部屋に一歩入ったところで立ち止まってしまった。 「…ニイ」 声をかけてもニイから言葉は帰ってこない。 その場で立ちすくみ、両手で服を握り唇を噛んで俯く姿に眉を下げた。 「…ソロ、困ってる」 ぽつ、と呟かれた言葉に俺は目を瞬かせるがその言葉の意味がわかり目を細めた。 「イチも、ジイさんも、トレイルも、困ってる。…オレのせいで、」 獣人の中には、どこかの感覚が異様に発達している者がいたりする。 俺の耳と鼻がヒトの感情を嗅ぎ分ける様に、ニイにもそれと同じ、あるいはもっとすごい力があったりするのかもしれない。 「オレが、オレが変だから…っ」 俺はその異能を生きるための便利な道具として使って来た。これも生き抜くための武器になったからだ。 異能は貧しい中で生きるには有利だ。だが、幸せに暮らしている人たちからしたらどうなのだろうか。 「…言葉しか聞こえないのに、違うのまで聞こえる。あの日も、ソロが、う、撃たれた時も…っ」 ボタ、と床に滴がこぼれ落ちた。 「しね、とか、呪いとか、誰もそんな事言ってないのに、オレだけ」 心の中の声まで聞こえてしまう、そう告げるニイの姿を見て俺は何も言えなかった。 俺が思っていたよりもずっと、ずっと辛い思いをさせてしまっていた。見ていなければいい、そうすればあとは時間が解決してくれる。そう思っていたが、そんな簡単な訳がなかった。 そんな訳がなかったのだ。 目の前にいる子供から悲しみと後悔が深く混ざった匂いがする。 立ち上がりそばに行こうとすると小さな体が震えた。そこに混ざる恐怖と自責の匂いに、俺は堪らなくなってニイを思い切り抱き締めた。

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