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08ー8

にゃあにゃあと鳴く子猫の姿の可愛らしさに心臓を撃ち抜かれていると手を叩く音が聞こえてハッと意識が現実に戻る。 それはどうやらアイツも同じだったようでバツが悪そうな、そんな顔でトレイルの方を向いていた。 「はいはい、可愛いのは分かったけどとりあえず顔洗ったりなんだりしようねー。子供たちはこっちおいでー、パンんケーキ焼いたげる」 力の抜ける緩い声、半目で見られながら告げられた声になんだか居た堪れなくなりながらもパンケーキという言葉に俺の耳がピクッと震える。子猫たちを抱き上げてさっさと階段を降りてしまったトレイルの後を追うべくベッドから出ようと床に足をつけた途端、爪先から一気の頭の天辺にまで寒さが突き抜け俺のやる気は急降下した。 「…………無理だ、寒い、凍る」 「凍らねえ。起きろ」 布団を頭から被った俺を見て今度はヴァイスが呆れたように息を吐いた。 漸く床から起き上がりベッドに腰かけたソイツは布団にくるまった俺を見てしょうがない、というように笑っている。 つい癖ですん、と鼻を鳴らしてしまった俺はすぐに後悔した。 「……!お前、その匂いやめろってば」 「どの匂いだ」 「その甘い匂いだよ!」 鼻腔を擽るのは発情期(ヒート)の時とは違う、だけどとてつもなく甘い匂いだ。向けられる匂いの甘さと感情に一気に体が熱くなる。 「顔が赤いぞ、風邪か?」 「違うわばーか」 城にいて過ごした時間は、確かに俺とコイツの距離を縮めた。触れ合うことが自然だと思えるほどに近くなったのに俺とこいつの間には薄くて硬い壁が一枚ある気がする。 それは叩けば割れるものなのか、飛び越せるほどに低い壁なのかそれとも見上げるほどの壁なのか、それもわからない。 手を伸ばすとそれはなんの違和感もなくヴァイスの大きくて滑らかな手に絡めとられた。 互いに指を絡めて、自然と距離が近くなる。 アイツの片手が俺の頭に被さったままの布団を落としたけれどもう寒さは感じなかった。 「…おはよう、ソロ」 額を合わせて、互いに鼻先をすり合わせる。 囁くような掠れた声音で紡がれた言葉に尻尾が揺れて、伏せていた目をそっと上げた。 視界に入る紫はとても穏やかに光っていた。漂う香りも柔らかく奏でられる音も、全てが優しくて心地良い。 「おはよ、ヴァイス」 考えても考えても、答えはわからない。 いや、自分でわからないようにしているだけかもしれない。 ぎゅう、と握られた手に微かに力が込められた。 楽しい、心待ちにしていた日のはずなのに心のどこかで俺が泣いているような気がした。

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