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09
手を伸ばしても届かないものがあると理解したのは随分幼い頃だった。
欲しいと思ったものほど手が届かないところにあって、それは気がついた頃にはもう一生手に入らなくなっていた。
やり方さえ間違えなければ、手元に置くことが出来たのだろうか。
出来たはずだと、すぐに答えは出た。
付け込む隙はいくらでもあった。
けれど幼過ぎたあの頃の自分では囲い込む事とは正反対のことしか出来なかった。
自覚したのはつい先日。
きっかけを与えたのは、あろう事かあれの運命の番だ。
取るに足らない平民があれの運命だと知ったときは面白くないなと思った。
なぜ面白くないのか、考えることもしなかった。
あの時、いや、もっとずっと前に自覚できていれば、そう思った所で唇から嘲笑が漏れた。
「…馬鹿馬鹿しい」
もし、の話をしてどうなると言うのか。
「陛下」
扉の向こうから声が聞こえる。
顔は勝手に笑みを貼り付ける、あの顔だけは一級品の愚かな女譲りの完璧な笑みだ。
椅子から立ち上がり勝手に扉が開いて、部屋から出れば側にリドリウスや兵が側についた。
長い廊下を特に何かを話すわけでもなく歩き続けて謁見の間へ続く扉が開かれた。
かつ、かつ、と靴を鳴らしながら玉座の前まで歩き視線を横にやれば広がるのは腹で何を考えているかわからない老臣や好奇の目で見てくる家臣たち。下卑た笑みを浮かべる者、若き王にどう取り入ろうか画策する者、様々だ。
取るに足らない、欠片の興味も湧かないそんな奴らばかり。
「…皆、御苦労。始めようか」
王になって初めての議会の場だった。
鷹揚に玉座に腰掛けて足を組み、頬杖をつく姿に古狸が一人目を丸くするのが見えた。
嗚呼、ここは眺めがいい。それが初めての感想だった。
褪せたような色合いにしか感じない光景や、雑音まじりにしか聞こえない声。
誰も彼もつまらないことしか話さない議会は退屈で、退屈でしょうがない。けれど、ここでしか生きられないことを嫌と言うほど理解していた。
だから、少しでも楽しく、この褪せた世界が色付くようにしなければ。
「……陛下」
にわかに議会がざわつく、耳に届いたその声に一気に視界が色づいていってもう笑うしかない。
嗚呼、やっぱりもっと早くに気がついておくんだった。
そんな後悔したってしょうがないんだけど。
「……どうしたの、ヴァイス 」
彼のあんな満たされた、だけど何かまだ飢えている様な、諦めの表情以外をさせる狐の獣人が羨ましい。
けれど、あれでなくてはこうならなかったのだと理解しているから、もう諦める他なかった。
「発言を許す」
手元に置けないのであれば、少しでもこの世界を色付けよう。
これが自分なりの贖罪になると思うんだけど、どうかなぁソロ。
この日初めて、ヴァイスは議会の場に顔を出した。
今までの馬鹿みたいな噂を払拭するため、そして何より彼を国に尽力させる為の策なのだがきっと誰も気が付かないだろう。
歪んでいることは重々承知している。けれど、どうしたってこれしか方法が思い付かなかった。
でも、嗚呼、楽しいなぁ。
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