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09ー2
どうしようもない悩みだと、思ってもしょうがないことだとわかっているのに考えずにはいられないのはどうしてだろう。
答えがわかっているものを悩み続けることほど馬鹿らしいことはないのに、そんなどうしようもないことで頭を悩ませて先延ばしになんてしている場合じゃないのに。
「…ソロー?」
今日も今日とて暖炉の前で答えが出ているどうしようもない悩みのことで神経をすり減らしていたらいつの間に側にいたのか、黒い尻尾を揺らしながらイチが俺の顔を覗き込んでいた。
「…ん?イチ、どうした?」
「んふふー、独り占めしにきたのーっ」
パッとひまわりの様な満面の笑みを浮かべてイチが俺の足の間へ腰を下ろした。
ご機嫌な様子で尻尾を揺らすその様子が可愛くて思わず笑ってしまえば後ろを振り向いたイチもまた笑う。
「ニイは?アイツ拗ねないか?」
「いーの!ニイばっかり構ってもらってずるいんだもん」
ぷう、と音が鳴りそうなほどわかりやすく頬を膨らませて拗ねて見せるイチの様子に目を丸くした後にふわふわの長い髪をぽんぽんと撫でた。
「…寂しかったのか、ごめんな」
「そう、イチちゃんは寂しかったのです。もっと撫でてくれても良いんだよー?」
「はいはい」
「あー、はいは一回で良いってジイちゃん言ってたよ!」
キャッキャと楽しそうに笑いながら頭を撫でる俺の手に本当に猫の様に頭を押し付けて来る仕草があまりにも可愛くて頬が緩みっぱなしになる。
尻尾の先がぴこぴこと揺れて、喉からはごろごろと気持ちいいと知らせる様な音が鳴っている。
「…ねえ、ソロー」
ごろごろと気持ちよさそうに喉を鳴らしながらイチが口を開く。
「私ねぇ、ソロのこと大好きだよ」
「…どうした、急に」
「急じゃないよ、ずっと思ってるもん」
こてん、と背中を預けてきたイチを見て頭を撫でる手を止めて抱き締める。
なんだかいつもとは少し違う様子に首を傾げていればイチの目が伏せられて長い睫毛が頬に影を落とす。
「ジイちゃんもニイも大好き。王子様もトレイルも、街の人だって大好きなの」
歌う様に紡がれる言葉はふわふわと音符の様に空気を跳ねていく。
「だけどソロやジイちゃんは特別。私たちの家族だもん」
いつものはしゃぐ声とは違う落ち着いた、けれどどこか華のある音が広がっていく。
「…家族?」
「うん。ソロはお兄ちゃんでね、ジイちゃんはお母さんとお父さんをけんにんしてるの!」
「はは、ジイさんだけ忙しいな」
二人して笑って顔を合わせる。
「私とニイねー、ホントのママのこと覚えてるの。ママ、私たちのこと置いて天国に行っちゃったの。だけど私たち大好きって一回もいったことなかった。それがすごく悲しかったから、好きなものは好きって言うようにしたんだよ」
くるりとこちらに体を向けて小さな手で俺の顔を触って来るイチが、急に大人びて見えた。
「ミシュリーも言ってたよ、男はスナオじゃないからメンドウだって」
いつもはしゃぎ回って、困らせることの方が多い小さな女の子が大きな目を細めて俺を見て来る。
だけどどこまでも純粋に笑うから喉から引きつる様な音が鳴った。
「えへへ、私、王子様なら新しいお兄ちゃんにしてあげても良いからねっ」
「は、」
「王子様も私とにいのこと好きだからきっと嬉しいはず!」
「お、おい」
にぱっとまた太陽の様に笑うイチが真正面から俺に抱きついて来る。
すっかりいつもの様子に戻ったのに困惑しながらも、俺は自分が随分落ち着いていることに気がついた。
そのことに目を丸くしていればイチが嬉しそうに笑うから、俺は敵わないなと肩を竦めたのだった。
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