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09ー3
厳しい冬を越せるように、来年もまたこの楽しい行事ができるように、そんな願いが込められた祭りの本番がいよいよ今日の昼に迫っていた。
昼から始まり夜中まで開催される祭りはなかなかに豪華で、屋台はもちろん街中が煌びやかに装飾されてその日だけはどこか違う世界に迷い込んだのではないかと思えるほどに幻想的な世界が広がる。
そんな日に褐色の肌と白銀の髪、髪と同色の尻尾と耳を持つ虎の獣人であるヴァイスはうんざりした顔で書類にペンを走らせていた。
「やっほーヴァイス、進捗はー…、わあすっごい、塔ができてるねー」
「嫌がらせとしか思えねえ」
「あはは、そんなこと言わないの。でもまさかこんな光景が見られる様になるなんてなぁ。実はボク結構感動してるよ?」
オレンジの髪を後ろに払いながら珍しく歯を見せて嬉しそうに笑う幼い頃からの付人の姿にヴァイスは息を吐いて同じ様に口角を上げた。
生まれた瞬間から呪いの子だと言われていたヴァイスは王族でありながら政治に関わることを許されていなかった。呪いが感染る、そんな下らない理由で彼は城内から迫害され続けていたのだが、つい先日その下らない制度が吹き飛んだ。
彼の兄であり、王となったアルヴァロがヴァイスも政治に関わらせると宣言しそれを宰相であるリドリウスも了承した。
それからヴァイスの生活は一転したと言ってもいい。
今まで政に関わることなく自由に知識を吸収していったヴァイスは良い意味で自由だった。我儘で傲慢な人柄だが王族として、と言うよりも元々の人間性か彼は民に心を砕くことが出来る王族であり彼は自分がただのヒトであるという事をよく理解していた。
そんな目線からの提言は今まで支えてきた古狸どもは置いておいても、アルヴァロやリドリウスには大層興味を持たれて今現在本日の祭が始まるギリギリの時間まで書類の整理に追われていた。
「それでもありすぎだろ。オーバーワークだこんなもん」
「って言いながら顔が嬉しそうだよ王弟殿下」
机に頬杖をついてため息を吐きながらボヤく姿は、そこだけ見ると怠惰にも見えるだろう。だがしかし表情はどこか嬉しげで、長く毛並みの整った尻尾もわずかに揺れていた。
「うんうん、ヴァイスが元気そうでよかったー。それじゃあボクはソロ君たちとお祭り楽しんでくるねー」
「は、おい待て」
「ボク仕事終わらせてるから!それに約束してるからー!」
信じられない言葉に目を丸くしたトレイルはしたり顔で笑って見せてそのまま今にも掴みかかってきそうなヴァイスに早口で告げると脱兎の如く逃げ出していった。
その様子に舌打ちをした後に息を吐いて背もたれに体を預ける。
積み上がった書類を見てうんざりする、なんて気持ちは微塵も湧いてこないがソロと祭りに行けないということがヴァイスには中々堪えるものがあった。
彼の運命の番である狐の獣人は17という割には達観していて、そして卑屈だ。それなのにどうしようもなく優しくて世話焼きで、泣き虫だった。
目を閉じれば最近よく見せてくれる様になった照れた様なそれでいて嬉しそうな笑顔が浮かぶ。まだ少し照れが乗った声で名前を呼ばれる瞬間が何よりも好きなのだが、彼はそれに気がついているのだろうか。
細く頼りない体で必死にしがみ付いて応えてくれる姿を思い出すだけで堪らない気持ちになるがなんとか耐える様に息を吐いて自分を落ち着けるが牙の疼きは中々治まってくれない。
「…………噛みてえな…」
「え、まだ噛んでないの?」
「、!!」
誰もいないと思っていた空間に突如自分のものじゃない声が響きあまりの驚きに立ち上がればそこにいた人物にヴァイスは目を丸くした。
「…、兄、上」
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